売った二十年
銀鏡佐久は毎朝、一日分の寿命を買う。残りが一日を切る前に追加し、その日を働いて、翌朝また買う。若いころに二十年を売った彼にとって、未来は日払いになっていた。
十八歳のとき、弟の卓心へ心臓手術を受けさせるためだった。
二十年を売り、手術費を払い、弟は生きた。佐久も事業で成功し、今では一年を買えるだけの金がある。だが彼の身体に適合する寿命は希少で、一日ずつしか市場に出なかった。
四十歳の誕生日、在庫が一件表示された。
《適合率:一〇〇%》
《在庫:二十年》
佐久は笑った。ようやく日払いを終えられる。
購入を押す。
《この寿命は、あなたが二十二年前に売却したものです》
《原売主による買戻しは禁止されています》
寿命の循環売買で価格を操作させないため、一度売った時間を本人が受け取ることはできない。それが唯一の規則だった。
「金は払う」
《価格の問題ではありません》
残りは十九時間。
在庫の現在保有者を見る。非公開のはずの欄に、家族共有設定の名前が出た。
《銀鏡卓心》
弟だった。
電話すると、卓心はすぐ出た。
『見つけた?』
「知ってたのか」
『兄ちゃんの適合記号、ずっと探してた。去年、やっと買えた』
卓心は医師になり、兄からもらった命で働いていた。二十年を買い戻し、いつか返すつもりだったという。
「送る」
弟が贈与画面を開く。
《受取人は原売主です》
《移転できません》
「じゃあ、一度ほかの人に」
《経路上に原売主を含む移転は無効です》
残り十二時間。
卓心は自分の自然寿命を送ろうとした。彼の口座には、兄の二十年と自然寿命が混ざっている。システムはどの一秒がどちらかを識別し、兄由来の時間だけを除外した。
移せたのは三時間だった。
佐久の残りが十五時間になる。
二人は市場窓口へ行った。職員は規則を読み上げる。
「売った時間は、もうあなたの時間ではありません」
「弟の中にある」
「だから弟さんの時間です」
残り六時間。
卓心は泣きながら、二十年を市場へ売り戻した。
《新規在庫:二十年》
佐久の購入画面には表示されない。原売主だからだ。
残り一時間。
「兄ちゃん、俺の手術、受けなきゃよかった?」
佐久は首を振った。
「二十年、ちゃんと使っただろ」
「まだ持ってる」
「じゃあ使え。俺の分まで」
残りゼロ。
佐久の購入予約が失効する。
翌朝、卓心の端末には、一日分の自動購入通知が届いた。兄が毎朝使っていた設定が、相続人へ引き継がれたのだ。
購入元は、昨日売り戻した二十年。
卓心は兄の一日を買い、兄のいない朝を一日長く生きた。