夜明けを拒む再生バー
冬城比良の端末にある一曲は、夜明けまでしか再生できなかった。
工場跡地の照度センサーが一ルクスを超えると、波形は消える。娘の命日に、比良は午前四時五十分から、震える指で一度だけ再生を始めた。イントロは夜勤交代ベルと、遠くの機械音だった。
「朝にしないで」
娘は三年前、化学工場の爆発で亡くなった。会社の記録では事故発生は午前五時二分。日勤の外部業者が点検を誤ったとされ、夜勤責任者だった幹部は処分を免れた。娘は日勤班で、出勤直後に巻き込まれたことになっている。
Aメロには、娘のスマートウォッチが拾った足音が入っていた。四時五十六分、彼女はまだ工場外の通用路を歩いている。四時五十八分、低い衝撃音。公式時刻より四分早い。
「朝にしないで」
二度目のフレーズを、比良は娘が夜を終わらせたくないと歌った言葉だと思った。子供の頃、怖い夢を見た朝に同じことを言っていた。だがサビで、曲は工場中の独立時計を合唱させた。警備カメラ、守衛所、配送車、娘の腕時計。すべてが四時五十八分を示す。中央サーバーの時刻だけが、事故後に四分進められていた。
夜勤中の幹部が安全弁を止め、爆発させた。責任を日勤へ移すため、事故を「朝」に書き換えたのだ。娘は出勤前、門の外で破片を受けていた。
東の空が明るくなる。再生バーは残り五秒。会社の弁護士が遠隔で端末を切断しようとする。比良は最後の一音へ、照度センサーではなく事故当夜の腕時計データを認証鍵として入力した。
日の出。画面は消えず、改竄前の時刻と音源が労働局へ送信された。曲の作曲者欄には、同期を拒んだ十九台の独立時計が並ぶ。
最後に、娘の生声ではなく、事故後の幹部会議が流れた。
〈二分を過ぎたことにしろ。朝の事故にする〉
比良は初めて、フレーズの主語を理解した。
「朝にしないで」
夜を長くしてほしいという娘の願いではない。夜勤の罪を日勤へ押しつけるため、事故時刻を朝にするなという記録の抵抗だった。