夜明けを言わない部屋

十河千景の部屋は、午前四時四十四分から進まなくなった。

窓の外は黒い。

時計の秒針は動いているのに、何周しても同じ時刻へ戻る。

ソファには、灯莉が座っていた。

大学時代の親友で、先月亡くなった。

「朝にならないね」

灯莉は他人事のように言った。

千景はコーヒーを淹れた。

灯莉の分も置いたが、減らない。

二人は昔のように、どうでもいい話をした。

嫌いだった教授。

卒業旅行で壊した自転車。

灯莉が三日で別れた恋人。

話が尽きても、時計は四時四十四分だった。

「何か言ってないこと、ある?」

灯莉が尋ねた。

「いっぱいある」

「今まで一度も言わなかったこと」

「そっちから」

灯莉は黙った。

二人は十五年、親友だった。

毎週会う時期も、年に一度しか会わない時期もあった。

灯莉が病気を告げたとき、千景は「治るよ」と言った。

根拠はなかった。

怖いと言われるたび、楽しい予定を作った。

弱音を聞けば自分まで崩れる気がした。

「私、あなたの励まし、嫌いだった」

灯莉が言った。

時計が四時四十五分になった。

一分だけ進み、また止まる。

千景は胸を刺されたように感じた。

「じゃあ、どうすればよかったの」

「一緒に怖がってほしかった」

「そんなことしたら、何もできない」

「何もしなくてよかった夜もあった」

千景は立ち上がり、カップを洗った。

腹が立つと家事をする癖を、灯莉は知っている。

「死んでから言うの、ずるい」

「生きてるときに言えなかった」

「私は頑張った」

「知ってる」

「毎日病院へ行った」

「知ってる」

「何が足りなかったの」

「足りないって話じゃない」

時計は進まない。

今度は千景の番なのだとわかった。

言ったことのないこと。

灯莉にさえ隠したこと。

「あなたが死んだ日、ほっとした」

灯莉は目を伏せた。

「もう電話に怯えなくていいって。元気な言葉を探さなくていいって思った」

千景の声が震えた。

「それから、そんな自分が嫌で、葬式でも泣けなかった」

時計が四時四十六分になった。

窓の端がわずかに青い。

灯莉は言った。

「私も、終わってほしいと思った日があった」

「知ってた」

「嘘。知らないふりした」

「うん」

二人は向かい合った。

正しい友人ではなく、疲れた二人として初めて同じ場所にいた。

五時。

空が明るくなる。

「もう行くね」

灯莉が立った。

千景は引き止めなかった。

「怖かったね」

今度は励まさずに言った。

灯莉はうなずいた。

「怖かった」

朝日が部屋へ入り、姿が消えた。

時計は普通に進み始めた。

千景は冷めたコーヒーを二杯とも流し、新しく一杯だけ淹れた。

夜が明けたのは、何かを乗り越えたからではない。

二人とも、明けてほしくない夜があったと認めたからだった。