妹という名の防波堤

 喫茶店の窓際で、鵜飼石レネは恋人の樒原千景を待っていた。

 現れたのは、千景ではなく見知らぬ女性だった。

「あなた、レネさん?」

「そうですけど」

「私、千景の恋人です」

「私は妹です」

 二人は同時に言い、同時に黙った。

 女性は名を辻鶴ナオラと名乗った。

「千景は、あなたを妹だと」

「私にはナオラさんを姉だと」

「彼、一人っ子って言ってたけど」

「私にも」

 レネは千景へ電話した。スピーカーにする。

『レネ? 今、仕事中』

「お兄ちゃん」

『急にどうした』

 ナオラが眉を上げる。

「隣にお姉さんがいるの」

『姉? ああ、ナオラか』

 ナオラが口を開いた。

「千景、妹さんに会ったわ」

『妹? ああ、レネか』

「どっちも家族なのね」

『そう。家族みたいに大切って意味で』

「私は恋人じゃなかった?」

『もちろん恋人だよ』

 レネとナオラが同時に尋ねる。

「どっちが?」

 電話の向こうで紙をめくる音がした。

『二人とも落ち着いて。関係には名前をつけなくても』

「つけてる。妹と姉って」

『便宜上だ』

「私には、彼女は病気で恋愛できないとも言った」

「私には、彼女は海外へ永住したと」

『心が病み、心が海外へ』

「昨日、私に『君だけ』って」

「一昨日、私にも」

『日付が違う』

「誕生日にくれた銀のネックレス」

「私も同じ」

『まとめ買いは経済的で』

 二人は同時に通話を切った。

 十分後、千景が息を切らして喫茶店へ飛び込んできた。

「誤解だ。説明させて」

「何を誤解したの?」

 レネが聞く。

「二股じゃない。二人とも本気だ」

 ナオラが頷いた。

「説明で悪化する人、初めて見た」

 千景は二人の間に座った。

「選べと言うなら――」

「言ってない」

「選択肢から外したところ」

 二人は席を立った。

 そのとき、入口から三人目の女性が顔を出した。

「千景くん、待った? いとこの茱萸です」

 レネとナオラは彼女の左右に立った。

「あなたも一人っ子?」

「え?」

 千景は裏口へ走った。

 三人は顔を見合わせ、同時に追った。

 その日、千景の家系図から女性親族が全員消えた。