始業ベルのあとで

真壁理人の最後の夜勤は、午前四時で終わるはずだった。

三十五年勤めた日用品倉庫を定年で離れる朝、残った依頼は一件だけ。被災地の避難所へ送る衛生用品を、夜明けの臨時便へ載せることだった。

ところが出荷台のパレットは、片側へ傾いていた。紙おむつの上に洗剤が積まれ、さらに最上段へ飲料水が載っている。重量物を上へ置いたのは、品目順に取り出しやすくするためだという。

「距離は短い。ラップを増やせば持ちます」

若い班長は時計を見た。出発まで十五分。理人はラップに手を伸ばさず、パレットの下へ薄い板を差した。板は左側で止まり、右側では深く入った。床が傾いているのではない。下段の紙おむつが洗剤の液漏れを吸い、一部だけ潰れていた。

外からは濡れが見えない。だがこのまま走れば、上の水が支点を越え、荷崩れする。避難所へ届いたとしても、衛生用品は使えない。

理人はパレットを解いた。漏れた洗剤を隔離し、濡れた紙おむつを外す。飲料水を最下段へ移し、洗剤は樹脂箱に入れて別段に固定した。紙おむつは上へ積む。取り出し順は悪くなるが、壊れない順番だった。

「間に合いません」

班長の声に、理人は積み直しながら答えた。

「出せない荷物を時間どおり出すと、向こうで仕事が増える」

不足した紙おむつは、通常便の在庫から同数を振り替えた。端末上の引当を変え、朝の店舗便に不足が出ることも記録する。善意の臨時便だからと、在庫を曖昧にはしなかった。

午前四時七分、七分遅れでトラックが発車した。荷台の中で、パレットはまっすぐ立っていた。

始業ベルが鳴り、昼勤の作業員たちが入ってくる。理人の退職を祝う花束が事務所に届いたが、彼はまだタイムカードを押していなかった。濡れた床へ吸着材をまき、漏れた洗剤の報告票を書いていたからだ。

若い班長がモップを受け取った。

「ここからは、私がやります」

理人は初めて手を離した。だがその瞬間、荷受け口で次のトラックのクラクションが鳴る。班長は花束ではなく無線を取り、走り出した。

始業ベルのあとも倉庫は止まらない。理人はまっすぐになったパレットの跡を一度だけ見て、最後の打刻をした。