家族写真から消す男
祖父の黒河内匡が、写真修復店で電話しているのを孫娘は聞いた。
「写真から、あいつを消してくれ」
店主が答える。
「ご家族には?」
「気づかせるな。跡も残すな」
「五十年も一緒に写っていますが」
「だからこそ、もう見たくない」
孫娘は廊下で立ち止まった。
祖父の部屋には、金婚式で使う古い家族写真が積まれている。五十年一緒に写っている「あいつ」とは、祖母か、祖父の兄弟か。
彼女は母と叔父へ相談した。
「おじいちゃん、誰かを家族写真から消す気」
母が眉をひそめる。
「最近、おばあちゃんと喧嘩した?」
叔父が言う。
「昨日、漬物がしょっぱいって」
「五十年の結婚生活を塩分で消す?」
「老後の争いは小さな所から始まる」
三人は祖父へ探りを入れた。
母が尋ねる。
「昔の写真、誰と写ったものが一番嫌?」
祖父は即答した。
「あいつだ」
「名前は?」
「口にするのも腹立たしい」
叔父が青ざめる。
「家族?」
「家族より長く、あの場所にいる」
「おばあちゃんより?」
「毎日、見るたび邪魔だった」
孫娘が言う。
「消した後は?」
「すっきりする。やっと二人だけになる」
母は泣きそうな顔になった。
金婚式当日、三人は祖母を守るつもりで、修復済み写真の披露を止めようとした。
祖父が額縁を持って現れる。
「見てくれ。きれいになったぞ」
写真には、若い祖父と祖母が神社の前で並んでいる。二人とも確かに残っていた。
孫娘は画面の端を見比べた。
元の写真では、祖父母の間から一本の電柱が突き出し、祖父の頭に刺さっているように見える。修復後、その電柱だけが消えていた。
祖父が言う。
「結婚写真なのに、五十年間ずっと私より真ん中に立っていた」
店主も笑う。
「“あいつ”は神社前の電柱です。跡が残らないよう空と木を描き足しました」
祖母は額縁を見て首をかしげた。
「私は、あの電柱も家族みたいで好きだったけどね」
母が尋ねた。
「どうして家族に秘密にしたの」
「金婚式で驚かせたかった」
叔父はため息をつく。
「驚いたのは別の意味だったよ」
祖父は五十年越しに、写真の中央を取り戻した。