封筒を開けた朝

その封筒は、開ければ服務違反になるよう封印されていた。

吉良井隼人監察官は、年次監察報告を提出する朝、亡くなった前任者・葦原俊哉の机から封筒を見つけた。表には「外部監査委員会限り」。封緘印は葦原本人。引き出しは昨夜まで施錠され、鍵は監察総監の御園生章一郎が保管していた。

御園生は封筒を見るなり手を差し出した。

「機密指定の誤りだ。開けずに返せ」

「なぜ葦原さんの机に?」

「彼は病んでいた。死ぬ前、資料を持ち出そうとしていた」

葦原は一か月前、自宅で死亡した。自殺とされた。年次報告では、県警の重大不祥事はゼロ。内部申告はすべて適正に処理したと記載されている。

隼人は封筒を光へ透かした。中には薄い紙が何十枚もある。最初の一枚に、逆向きの文字が読めた。

――終結指示書。

御園生の声が低くなった。

「開封すれば、君は無許可で最高機密を見たことになる。監察官資格を失う」

「返せば?」

「予定どおり報告書を出せる。君が次の主任だ」

「葦原さんは、なぜ死んだんです」

「正義を一人で抱えたからだ」

御園生は、諭すように言った。

「監察は、すべてを暴く仕事ではない。警察が明日も機能するよう、出す事実を選ぶ仕事だ。封筒の中身が何であれ、外へ出せば組織は君を守れない」

隼人は年次報告の最終頁を見た。署名欄には、自分の名が印字されている。提出まで十二分。

封筒の端には小さく、葦原の字があった。

――開けた者が、最後の監察官になる。

隼人は封を切った。

中から、二十七件の終結指示書が出た。暴行、証拠改ざん、情報漏えい、留置人死亡。すべて「組織への影響重大」を理由に調査を止められ、決裁者は御園生だった。最後の一件は、御園生の息子が起こした死亡事故である。

御園生は無言でシュレッダーの電源を入れた。

隼人は書類の束を抱え、隣の複合機へ走った。年次報告の「重大不祥事ゼロ」を削除し、終結指示書を添付する。提出先を県警内部から外部監査委員会と検察庁へ変更した。

背後でシュレッダーが空回りする。

隼人は開封済みの封筒を御園生の机へ置き、送信ボタンを押した。