封蝋の内側の命令

灰熱病が国境の三村へ広がり、辺境医アデルナ・フィルは、病原を仕込んだ手紙を送った罪で王都へ引き立てられた。

「感染村すべてで、あなたの診療所の封蝋がついた手紙が見つかった」

宰相モルカスは公開裁判で告げる。

「治療薬の需要を増やし、名声を得るための犯行だ。慈善医の仮面とは恐ろしい」

机には三通の手紙。差出人欄もアデルナの筆跡で、封蝋には診療所の百合印がある。モルカスは処刑請求書へ署名し、国王へ差し出した。

アデルナは手紙の封蝋を指した。

「その蝋は、私の診療所のものではありません」

「紋章まで同じだ」

国境封鎖後、医療機関の封蝋は王都が番号管理していた。診療所へ渡されたのは白い百合印。法廷の蝋は一見白いが、鑑定炎にかざすと内側が紫に変わる。王政府の緊急命令用だ。

番号を照合すると、三本とも宰相府へ支給された束だった。受領簿にはモルカスの署名がある。

「盗まれたのだ!」

「では、内側の記録をお聞きください」

緊急封蝋は命令改竄を防ぐため、封を押した者の最初の一言を閉じ込める。モルカス自身が反乱対策として作らせた仕組みだ。

国王が一通を割る。

『胞子を紙へ塗れ。医師の字を真似し、三村へ送れ』

二通目。

『流行後、あの女の治療薬を没収し、宰相府の名で売る』

三通目には、アデルナの机へ偽の原稿を置くよう命じる声まで残っていた。

モルカスは「魔法で声を似せた」と叫んだ。しかし処刑請求書には、彼自身が〈封蝋記録は本人性を完全に保証し、反証を認めない〉と追記している。アデルナの弁明を封じるための一文が、そのまま自分を縛った。

国王は処刑請求書を閉じ、別の王命を開いた。

アデルナは流行の初日に異変を察知し、三村を隔離して治療薬を無償配布していた。そのため死者は一人も出ていない。モルカスは薬を有料で独占する計画が崩れ、彼女を犯人にして処方を奪おうとしたのだ。法廷外には、救われた村人たちが白い百合の布を掲げて待っていた。

「宰相モルカスを、疫病散布、国家反逆および忠臣への冤罪工作の罪で逮捕せよ」