帰宅通知
相原俊哉、高瀬瑞穂、市川晃平の卒業旅行は、駅の改札で終わった。三人はそこで別れたあと、グループチャット「帰るまでが卒旅」に帰宅通知を送ることにした。
瑞穂《乗った。東行き》
晃平《こっちは高速バス》
俊哉《俺、まだホーム》
旅行中に撮った写真が次々と送られた。三人で傘に入れず濡れた坂道、食べ損ねた朝食、宿の狭い三人部屋。どの写真にも、卒業後の話を避け続けた四日間が写っていた。
瑞穂《そういえば、私、県庁辞退した》
俊哉《今言う?》
晃平《どこ行くの》
瑞穂《島の診療所。事務。二年契約》
晃平《俺は東京のメーカー。予定通り》
俊哉《予定通りって言えるの、強いな》
晃平《強いんじゃない。変えられなかっただけ》
俊哉の入力中表示が長く続いた。
俊哉《院試、落ちた》
瑞穂《知ってた》
俊哉《何で》
瑞穂《旅行中、合格した人の研究室を検索してた》
俊哉《春から予備校で働く。来年もう一回受ける》
晃平《じゃあ三人とも別方向だな》
瑞穂《最初から同じ方向だったことある?》
俊哉はホームの写真を送った。向かいの線路に誰も座っていないベンチがある。
俊哉《大学では同じだった》
晃平《それは場所》
瑞穂《未来じゃない》
午後九時、瑞穂が《着いた》と送った。続いて《高瀬瑞穂が退出しました》と表示された。
晃平《早くない?》
俊哉《二年後に戻るかもしれないのに》
晃平《かもしれないは禁止》
午後十一時、晃平も《着いた》と送り、退会した。退会前、三度ほど入力中の表示が点いたが、文章は一つも届かなかった。チャットには俊哉だけが残った。
俊哉は終電までホームにいた。帰宅していないのに《着いた》と打ち、送信した。直後、退会ボタンへ指を置いたが、押せなかった。
翌朝、グループ名は「帰るまでが卒旅」のまま、参加者一名と表示されていた。アルバムの表紙には三人で撮った写真が固定され、中央の俊哉だけ目を閉じている。
通知欄には、もう届く相手のいない《着いた》が一つ、未読の印を付けたまま残っていた。