床に置いた未来

野々宮つむぎは、未来を表計算にしていた。二十七歳までに資格、二十八歳で昇進、三十歳までに貯蓄額をここまで。結婚する場合としない場合の二つのシートもある。予定どおり進めば、不安は数字の外へ出ないはずだった。

資格試験まで六十日。つむぎは毎晩、二十四時間営業の自習室へ通った。眠くても一日二時間。友人の誘いは試験後に回し、休日は模試で埋めた。合格した先で何をしたいのかは、最近うまく思い出せない。

勉強時間が足りない日は、翌日の欄を赤くした。友人と食事をした夜も、眠ってしまった午後も、数字の上では遅れだった。予定表はつむぎを励ます道具だったはずが、いつからか、今日を未来へ返済するための請求書になっていた。

午前零時、自習室の床を丸い清掃ロボットが走ってきた。つむぎの机の下で止まり、何度方向を変えても進めずにいる。邪魔な荷物はない。

画面に文字が出た。

〈今日、床に置いていい未来はどれですか〉

「何も置いてないよ」

〈一つ置いて、またいでください〉

ロボットは動かない。つむぎは机の上を見た。参考書、模試、予定表、ノートパソコン。どれも未来のために必要なものだった。必要という札をつければ、手放さなくて済む。けれど机の上には、今夜のつむぎが置かれる場所だけがなかった。

スマートフォンに、友人から夜の公園で花火をしている写真が届く。〈まだ起きてたらおいで〉。いつもなら既読をつけず、朝になってから寝ていたと返す。

つむぎは参考書を一冊、床へ置いた。ロボットは満足したように、その周りを一周する。紙を踏まないよう、つむぎは慎重にまたいだ。

向こう側へ立っても、資格が不要になるわけではない。明日になれば拾って勉強するだろう。けれど今夜の二時間を休んでも、表計算の未来が全部壊れるとは思えなかった。

つむぎは友人へ〈今から行く〉と送った。ノートパソコンを閉じ、参考書は床に残す。

退室ボタンを押すと、清掃ロボットが空いた机の下へ進み始めた。つむぎは予定表を保存せず、夏の匂いが残る自動ドアの外へ出た。