廃棄保留一件
資源処理場の選別ロボットは、素材と破損状態を見て廃棄物を分けた。
再利用、再資源化、焼却。
思い出という分類はない。
父親と子どもが、ひびの入った黄色いマグカップを持ってきた。
亡くなった母親が毎朝使っていた物だった。
父親は引っ越しを機に捨てようとした。
子どもは最後まで抱えていた。
「割れてるから危ない」
父親が言う。
「鉛筆なら入れられる」
「新しいのを買おう」
「これじゃないと、お母さんの朝じゃない」
受付の職員は困り、マグカップを廃棄台へ置いた。
選別ロボットの腕がつかみ、焼却箱へ運びかけた。
子どもが、
「今までありがとう」
とカップへ言った。
ロボットの腕が止まった。
画面に、
「廃棄保留一件」
と表示された。
そんな区分は登録されていない。
再操作しても、ロボットはカップを焼却箱へ入れない。
父親はため息をつき、持ち帰った。
ひびへ接着剤を入れ、底へ布を敷いた。
子どもの机で鉛筆立てになった。
翌日から、選別ロボットは一日に一件だけ、廃棄物を保留するようになった。
録音できなくなった古いラジオ。
脚の折れた子ども椅子。
文字の消えた駅名板。
持ち主が別れを言おうとした物の中から、一つだけ選ぶ。
処理場は困った。
全部残せば仕事にならない。
そこで保留品を一週間だけ展示し、修理する人、材料にする人、別の用途を考える人を募った。
ラジオは箱を直され、スマートフォン用の音響器になった。
子ども椅子は脚を外し、絵本棚になった。
駅名板は町の集会所へ飾られた。
引き取り手のない物は、一週間後に予定どおり処分した。
ロボットも二度目は止めなかった。
一件しか選ばないことを、冷たいと言う人もいた。
だが職員は、一件だから皆が立ち止まれるのだと思った。
すべてを救うことはできない。
それでも今日捨てる物を一つだけ見直すと、他の物にもどんな時間があったか想像できた。
数年後、処理場には小さな修理工房が併設された。
最初の黄色いマグカップは、子どもが成長して持ってきた。
鉛筆立てとしても、もう使わないという。
選別台へ置くと、ロボットは長く見つめた。
その日の保留表示は出なかった。
子どもは驚かず、カップを焼却箱へ自分で入れた。
「今までありがとう」
今度は声が震えなかった。
ロボットは腕をゆっくり一度下げた。
礼をするように見えたのは、たぶん職員の思い込みだった。
処分することと、失くすことは同じではない。
黄色い朝は、カップから離れても、子どもの中でまだ温かかった。