拍手の前に立つ
青葉は、イベント会社で「手伝います」と言うのは得意だった。資料を運び、受付を代わり、台本を整える。けれど「私にやらせてください」は言えない。選ばれなかったとき、自分の望みだけが人前に残るからだ。
制作部の梶谷周は、無口な舞台監督だった。インカムでも指示は単語だけ。「照明」「三分」「下手」。本番が終わると誰より早く客席の忘れ物を拾うが、成功談はしない。
大型イベントの社内担当者を決める朝、周が青葉の椅子の上に紙を置いた。
『拍手が起きる前に、一度立つ』
「何の拍手ですか」
周は会議室を顎で示すだけだった。
「立って、どうするんですか」
答えずに先へ行く。課題は動作だけで、その後の言葉は青葉に残された。
企画の最初の骨組みを作ったのは青葉だった。しかし提出時には先輩の名前を先頭に置いた。「経験のある人が説明した方が通るから」と自分で言った。採用されたときは嬉しかったのに、企画が進むほど、自分の席だけ客席側へ下がっていくようだった。それでも、補佐として呼ばれることを成功だと思おうとしていた。
会議では部長が、新企画の現場責任者を若手から一人選びたいと話した。青葉が二年温めていた地域劇場との連携案だった。経験者の先輩が候補に挙がる。適任だと思う。自分は補佐なら十分役に立てる。
部長が「異論がなければ」と言った。数人が先輩へ顔を向ける。決定を祝う拍手の気配が、手のひらに集まり始めた。
周は壁際で進行表を見ている。青葉を見ない。立てとも言わない。今座ったままでも、誰にも責められない。
拍手が始まれば、望みを隠したまま笑える。いつもどおり役に立てる。それは間違いではなかった。
最初の一人が手を上げる。両手が触れる、その直前。
青葉は椅子を引いた。脚が床を擦る音が、まだ静かな会議室に響く。全員がこちらを見た。膝が震えている。
何を言うかは、紙に書かれていなかった。
青葉は立ったまま息を吸い、自分の企画書を胸の前に持ち上げた。
「その役割に、私も立候補します」