拍手の練習

叶恵は私と話すとき、必ずチャットを開いた。

口頭で済む相談まで「念のため文章でください」と言い、会議室では私の隣に座らない。最近の若手は、自分の考えを盗まれることばかり恐れている。

ブランド企画部で、私は何度も同僚に手柄を奪われてきた。私が整えたコピーを自分の案と言う人。私の修正を隠して一人で作った顔をする人。だから証拠を残す大切さは、誰より分かっていた。

人事面談では何度か「共同作業の境界」を聞かれたが、結果を出せない人ほど線を引きたがる。私はいつも、チームの成果を代表して説明しただけだと答えた。

新しい転職サービスの企画で、叶恵は共有チャットに短い案を書いた。

――やり直しではなく、選び直し。

ありふれた言葉だった。私はそこから「人生は、何度でも選び直せる」というコピーを作り、映像の構成まで完成させた。翌朝、叶恵へ説明すると、彼女は「その案、昨日のファイルにも入っています」と妙なことを言った。

最終会議で、叶恵が私の企画書を投影した。

「このキャンペーンは、私が提案します」

まただ。私は立ち上がり、先に話し始めた。コピーをどう磨いたか、彼女の原案がどれほど未熟だったか、過去にも若手の断片を私が商品へしてきたこと。今度こそ黙って奪われるつもりはなかった。

叶恵は反論せず、最初のファイルを開いた。作成日は私が見る前日。コピーも映像構成も完成している。各ページの頭文字を読むと、「転載確認用」と並んだ。

「これは実案件ではありません」

彼女は言った。

「過去の相談を受けて、法務と作った確認資料です」

私は笑った。罠で得た証拠に価値はない。そもそも叶恵の案を市場に通る形へできるのは私だけだ。誰かの言葉を使っても、価値を与えた人間が作者になる。

部長は何も言わず、録音機を止めた。会議室の外には、以前同じチームにいた人たちが並んでいた。私が助けたはずの顔ばかりだった。

叶恵が「以上です」と告げると、全員が一度だけ手を叩いた。

その拍手は企画が通った音ではなく、録音が終わった合図だった。