救命ボートの定員

船長は、最後の席を奪った。

事故調査委員会で、私は沈没した観光船の夜を語った。火災が起き、乗客が救命ボートへ殺到した。定員まであと一人というところで、船長は私を海へ突き落とし、自分が乗り込んだ。

私は漂流物につかまり、翌朝救助された。船長は行方不明。責任を逃れたに違いない。救助されたとき私が着ていた救命胴衣には船長の識別番号があったが、海上で奪い返したのだと説明した。

乗客の一人は、火災前に私と船長が機関室へ入るのを見ていた。私は安全設備について質問しただけだと答えた。その乗客は煙を吸って記憶が曖昧だとも付け加えた。

「腕時計は、火災発生の十一分前で止まっていますね」

委員が訊いた。海へ落ちた衝撃で針が戻ったのだと答えた。

私の袖口からは、信号拳銃を至近距離で撃った者に付く黒い火薬粉が検出された。それでも救命作業中に触れたのだと言い張った。

回収された信号拳銃には、二発撃った痕があった。一発は救助要請、もう一発は混乱の中で誤射されたのだろう。私は拳銃に触れていない。

船体から音声記録装置が見つかった。再生されたのは、火災警報より前の機関室だった。

私の声がする。密輸品を隠した倉庫を船長に見つけられ、通報すれば船ごと燃やすと脅していた。次に発射音。信号弾が燃料の染みた布へ突き刺さる。

映像には、火のついた上着を着た私を船長が海へ突き落とす場面が残っていた。殺すためではなく、炎を消すためだった。

船長は自分の救命胴衣を私へ投げ、引き上げる。救命ボートへ押し込んだあと、まだ船内に残る乗客を助けるため戻っていった。

委員が乗船名簿を置いた。救命ボートの定員欄には、一席の空きが記録されている。船長は最後の席を奪っていない。最後の席を私へ渡し、自分は船に残った。

私が漂流物につかまっていたという証言も嘘だった。救命ボートから救助された記録がある。

船長に海へ捨てられた被害者ではない。

船を燃やしながら船長に救われ、その死を逃亡に仕立てた加害者だった。