昇降口で読む声
卒業式の前日、最後のラブレターを下駄箱へ入れた。
三年間、何度も書いては破った。文化祭のあと、部活の引退日、受験が終わった夜。どの手紙も渡せなかった。
今度こそ、と封をした。
放課後の昇降口は、西日で床が橙色になっていた。彼の下駄箱へ差し込み、逃げようとしたとき、ガラス扉に人影が映った。
本人だった。
「今、何入れた?」
「何も」
「見えた」
彼は下駄箱を開け、封筒を取り出した。名字を見て、私を見る。
「ここで読んでいい?」
「駄目」
「じゃあいつ」
「家で」
「明日、卒業式だよ」
分かっている。だから渡した。返事を聞かずに卒業できるよう、今日の放課後を選んだのだ。
彼は封筒を制服のポケットへ入れた。
「家まで待てない」
「読まないで」
「じゃあ、書いた本人が読んで」
意味が分からず、立ち尽くした。
彼は昇降口の扉を開け、外へ出た。
「歩きながらなら、顔見なくて済む」
校門までの短い道。私は隣を歩き、封筒を返してもらった。手が震えて、うまく開けられない。昨日きれいに貼ったのりを、自分で破った。
最初の一行を声に出した。
『あなたと同じクラスでよかったです』
それだけで喉が詰まった。
彼は前を向いたまま待っていた。
続けた。消しゴムを借りたこと。雨の日に傘を傾けてくれたこと。進路が決まらず泣いたとき、何も聞かなかったこと。
校門が近づく。
最後の一行は、もう紙を見なくても覚えていた。
「卒業しても、好きでいていいですか」
読み終えると、風が便箋を鳴らした。
彼はすぐに答えなかった。校門の外では、部活帰りの生徒が自転車で通り過ぎた。
「手紙、何枚書いた?」
突然聞かれた。
「たくさん」
「全部、取ってある?」
「破った」
「もったいない」
彼は私の手から最後の一枚を受け取った。
「返事、明日でもいい?」
胸が沈みかけた。
「卒業式のあと、ここで待ってて」
「どうして今じゃないの」
「僕も手紙を書くから」
翌日、校門前は写真を撮る人で混んでいた。彼は約束の場所に立ち、白い封筒を持っていた。
『卒業しても』ではなく、『卒業したから』で始まる手紙だった。
私はその場で読もうとした。
彼は笑って首を振った。
「今度は、歩きながら読んで」
私たちは校門を出た。
昨日より長い道を選んだ。