明日のパンを半分
日曜の午後五時、羽純は月曜の朝のために買ったシナモンロールを、冷蔵庫の上へ置いた。
少し高いパン屋のもので、透明な袋の内側に砂糖が白くついている。明日の出勤前に食べれば、週の始まりが少しましになると思って買った。
杏奈から電話が来た。
「報告していい?」
杏奈は、付き合っていた人と結婚することになった、と言った。羽純はキッチンに立ったまま、何度も「おめでとう」と答えた。
二人は同じ会社に入った同期だった。杏奈が転職してからも、日曜の夕方になると時々電話をした。明日が嫌だという話をし、冷蔵庫に何があるか報告し合った。結婚しても電話はできるはずなのに、これまでと同じ日曜が一つ減るような気がした。
杏奈は式をするか迷っていること、相手の家族へ挨拶するのが緊張することを話した。声の向こうで食器が触れ、誰かが「お茶どこ?」と聞いた。杏奈が「上の棚」と答える。
羽純の部屋には、自分以外の声がない。冷蔵庫が低く鳴り、時計の秒針が進む。
「羽純、黙った?」
「聞いてる。なんか、ちゃんとおめでたいなと思って」
「ちゃんとって何」
二人で笑った。
通話が終わると、部屋はさっきより静かだった。羽純はシナモンロールを見上げた。明日のために残しておくつもりだったものを、今夜食べたくなった。
袋を開け、包丁で半分に切る。断面から甘い香りが立った。一つ全部食べるのはもったいない。何も食べずに我慢するのも違う。
片方を皿に載せ、電子レンジで十秒だけ温めた。砂糖が少し溶け、指についた。
杏奈の結婚を、明日からの孤独の予告にしなくていい。寂しいのは、今までの日曜が大切だったからだ。その気持ちまで祝福の邪魔者にしなくていい。
羽純は温かい半分を食べた。残りは新しい袋に包み、冷蔵庫へ入れる。明日の自分にも、まだ半分ある。
皿に落ちた砂糖を指ですくいながら、杏奈へ〈また日曜に電話して〉と送った。
すぐに〈もちろん〉と返ってきた。
人生が変わる報告を受けた夕方でも、パンは半分ずつでいい。羽純は洗い物を皿一枚だけにして、日曜の残りを静かに過ごした。