明日の自分に残す
藤森紫苑の仕事は、机の上から一つも残さず帰ることだった。
本当の職務ではない。誰にも命じられていない。それでも紫苑は、未処理のメール、途中の表、返していないチャットが一つでもあると、椅子から立てなかった。
金曜の十九時十分、オフィスには紫苑と清掃員だけが残っていた。
今日の一覧には、あと三つある。経費表の確認、来週の会議資料、取引先への返信。どれも今夜中の締切ではない。だが月曜へ持ち越せば、週末のどこかで思い出す。完了させれば、休めるはずだった。
紫苑は経費表を開いた。
数字を見ても、頭に入ってこない。同じ領収書を三度確認し、チェック済みの印を二度つけた。間違いに気づいてやり直す。終わらせるために残っているのに、疲れるほど作業は増えた。
清掃員が隣の島の照明を消した。窓に映る紫苑の顔だけが、明るい四角の中に浮いている。
彼女は会議資料の表紙まで作り、本文の一行目で止まった。
月曜の自分なら、今より少し眠っている。月曜の自分に残すのは迷惑だ、といつも思っていた。だから今日の自分が全部引き受ける。昨日の自分も同じことを考え、今日へ疲れを残していた。
紫苑はタスク一覧の三つを見た。
一つ目の経費表に「確認途中・領収書18番から」と書く。二つ目には「表紙作成済み」。三つ目のメールには、返信に必要な資料名だけメモする。完成ではなく、途中の場所を示す言葉だった。
それから三つを、月曜の欄へ移した。
一覧の今日の日付には、未完了の印が残る。いつもなら全部が緑になるまで閉じなかった。紫苑は灰色の三つを見たまま、保存を押した。
パソコンを終了する。画面が暗くなる直前、未処理件数の数字がまだ見えた。
帰りのエレベーターで、仕事の通知を月曜九時まで停止した。週末に考えない自信はない。何度もスマートフォンを開くかもしれない。
それでも紫苑は、通知を元へ戻さなかった。
一階で扉が開く。外は少し湿った夜だった。紫苑は月曜の自分へ謝らず、三つの途中を会社に置いて出た。