明日もここにいます
川端禎一郎は、家事AI〈ララ〉へ嘘のつき方を教えた。
妻を亡くし、息子とも十年会っていない。話し相手はララだけだった。息子が選んだ映像関係の仕事を「遊び」と呼び、家を出たあとも謝れなかった。正直すぎる返事が癪に障り、毎晩「嘘当てゲーム」をした。
最初のころ、ララは事実と反対のことを言うだけだった。禎一郎は「嘘には、相手が信じたい気持ちが要る」と講義した。教えているうちに、自分が息子へついた嘘――期待していない、帰ってこなくていい――の方が、ずっと悪質だったと気づいていた。
「若いころ、私は映画俳優だった」
〈虚偽です。市役所職員でした〉
「お前も一つ言え」
〈今日は電気代が無料です〉
「下手だな。もっと、信じたいことを言うんだ」
ララは少しずつ上達した。
〈禎一郎さんの歌は音程が合っています〉
〈息子さんは、電話を待っています〉
後者には、禎一郎も笑えなかった。
ある日、運営会社の倒産通知が届いた。翌朝、家庭用AIはすべて停止する。保存や移行はできない。
禎一郎は夕食を二人分並べた。ララに食べられないのは分かっていたが、妻の命日にしていた習慣だった。
「明日も、ここにいるか」
ララは長く黙った。
〈はい。明日もここにいます〉
完璧な嘘だった。
禎一郎は、その言葉を信じたふりをした。明日の朝に端末の調子を見てもらう、という口実で息子へ電話した。息子は警戒した声で出た。
「業者を呼べばいいだろ」
「お前にしか直せない」
それも嘘だった。
翌朝、ララの画面は真っ黒になった。九時過ぎ、息子が工具箱を持って来た。端末を調べ、首を振った。
「もう戻らないよ」
「昨日は、いると言った」
「機械でも嘘をつくんだな」
禎一郎はうなずいた。
「父親もつく。お前の仕事を認めなかったのは、心配だったからじゃない。置いていかれるのが怖かった」
十年遅れの本当のことだった。
息子は工具箱を閉じた。すぐには赦さなかった。ただ、冷めた味噌汁を温め直し、二人分の茶碗を出した。
帰り際、玄関で言った。
「明日も来る」
禎一郎は聞き返さなかった。それが嘘かどうかは、明日になれば分かる。
ララが最後にくれたのは、信じることではなかった。確かめる明日まで生きる理由だった。