最弱の群れが世界級を証明した

「魔力ゼロ。初心者用の魔物にも食われるだろう」

冒険者総長は、藤代凪の登録石を訓練場の外へ蹴り出した。

転移者の能力公開試験には、王国中の有力者が集まっていた。火竜を呼ぶ者、聖剣を抜く者、未来を見る者。凪だけは石に何も表示されず、見物人からも笑われた。

そのとき、外壁の向こうで警鐘が鳴る。

スライム、ゴブリン、角ウサギ、骨鼠。初心者向け依頼に出る低級魔物ばかりが、地平線を埋めて押し寄せていた。弱い。だが総数は十万を超え、都市結界は数だけで削られていく。

勇者候補たちは競うように大魔法を放とうとした。

凪は止めた。群れの配置が、巨大な魔法陣になっている。低級魔物一体一体は文字であり、都市全体を生贄にして魔王の分身を降ろす儀式だった。

空に赤い眼が開く。

総長の顔から笑みが消えた。歴代の勇者を三人殺した終焉魔王の遠隔体。その指先が、訓練場へ向く。

「全員で迎撃しろ!」

命令は遅かった。候補者たちは強敵を前に足を止め、観覧席の貴族は逃げ道を奪い合う。

凪は蹴られた登録石を拾った。前世でゲームの難易度を下げることを、敗北だと思ったことはない。勝つべき相手と、守るべき時間を選ぶための設定だった。

彼は空中に一枚だけ現れた透明な画面へ触れる。

「この襲撃の難易度を、平穏に変更する」

《世界難度設定》を使ったのは、その一度だけだった。

十万の低級魔物が足を止める。

スライムは朝露へ、ゴブリンは木の葉へ、角ウサギは白い花へ、骨鼠は土へ変わった。巨大な魔法陣は一瞬で草原となり、降臨しかけた終焉魔王の赤い眼には「敵対存在なし」の文字が浮かぶ。

魔王の分身は攻撃対象を見つけられず、指先から崩れ、空ごと閉じた。

世界脅威度を測る十二本の神柱が、すべて同時に破裂する。最後に残った表示は、測定上限を超えた能力者へ与えられる、伝説上の一語だけだった。

――管理者。

王国最強の冒険者たちが、観覧席から立ち上がった。

教皇も、皇帝も、魔術院長も続く。誰も命じていないのに、訓練場にいた全員が起立した。

冒険者総長は、凪の足元に落ちた登録石を拾おうとして手を止める。空白だった石には、登録階級ではなく、ギルドそのものへの指示が刻まれていた。

――この者の下で、世界を再評価せよ。

笑い声の消えた訓練場で、凪だけが座る場所を持っていなかった。

すると皇帝が、自分の玉座を空けた。