最後のドアが開くまで

 最後のドアが開くまで、佳林は座ったままでいた。

 終着駅へ近づくにつれ、乗客は一人ずつ減った。ドアが開く。足音が降りる。ドアが閉まる。モーターが回り、窓の外の照明が流れる。その繰り返しが、夜を薄い層に分けていった。

 佳林は友人の引っ越しを手伝った帰りだった。

 十年住んだ町を離れる友人の部屋から、本と食器と服が箱へ消えた。最後に残ったカーテンを外すと、窓の外が急に広くなった。佳林は笑って見送ったが、帰りのホームで、自分の生活からも何かが運び出されたように感じた。

 終電の一番端には、佳林と、車内を確認する車掌だけが残った。

 空調が止まり、急に車輪の音が近くなる。雨は上がっている。窓へついた水滴が、走行の風でゆっくり後ろへ動いた。車掌は網棚を見上げ、座席の下を確かめ、連結部の扉を一枚ずつ開けて進んでくる。

「終点です」

 佳林のそばで、それだけ言った。

 急かす声ではなかった。佳林は「はい」と答えた。車掌は次の車両へ移り、扉の向こうに消えた。

 電車が最後のカーブを曲がる。ホームの照明が窓へ一本、二本、三本と入る。床下の回転がゆるみ、やがて止まった。

 最後のドアが開いた。

 冷たい空気と、床洗浄機の低い音と、遠くのシャッターが下りる音が同時に入ってくる。ホームには清掃員が一人、丸いブラシを回しながら歩いていた。改札の向こうでは駅員が照明を奥から順に落としている。

 友人がいなくなった町も、佳林の部屋も、明日から急に別の形になるわけではない。寂しさは荷物のように箱へ詰められず、今夜の肩に残っている。

 それでも、終点には終点の手順があった。列車を降り、階段を上り、改札を出て、家まで歩く。誰かが隣にいなくても、一つずつならできる。

 佳林は立ち上がり、何も残していない座席を振り返った。ドアの外へ足を出すと、清掃機の回転音が一定の速さで近づき、また遠ざかった。

 夜は空っぽなのではなく、次の朝へ向けて静かに片づけられている。佳林は傘を閉じたまま改札へ向かった。今夜の孤独なら、一人で家まで連れて帰れそうだった。