最後の保管箱

百目鬼克己が退職前に開ける箱は、あと一つだった。

三十年前の拳銃殺人。判決は確定し、死刑囚はすでに病死している。保管期限満了のため、証拠品を廃棄する。若い後任の保科惇が、処分確認書を机に置いた。

「これで最後ですね」

箱の中には、黒い回転式拳銃があった。克己は手袋越しに持ち上げ、動きを止めた。

「違う」

「何がです」

「私が入庫した銃じゃない」

当時の押収銃は、銃把に白い欠けがあり、銃身の右側へ製造番号が刻まれていた。今の銃は欠けがなく、番号を削った跡だけがある。重量も四十グラム軽い。

保科は古い台帳を開いた。写真は色褪せているが、白い欠けと番号が読めた。県警装備課に納入された試験用拳銃の番号だった。当時、捜査本部の指揮官だった玉城忠則が管理していた銃だ。玉城は今、県警本部長を務めている。

内線が鳴った。玉城本人だった。

「百目鬼君、処分確認だけでいい。古い物は劣化する」

「個体が違います」

「三十年前の記憶を、公式記録より重くするのか」

「公式記録の写真も違うと言っています」

電話の向こうで、短い沈黙があった。

「判決は終わった。被告人も死んだ。今さら何を守る」

克己は保管庫の奥を見た。長年、『訓練用・故障』と書かれて誰も触れなかった細長い箱がある。台帳上は空箱のはずだった。胸部カメラを起動し、保科を立会人にして開ける。

中から、銃把の欠けた回転式拳銃が出た。製造番号は古い写真と一致する。銃身には、事件の弾丸と照合したときの鑑定傷が残っていた。公式箱の偽物と入れ替えられ、訓練品として眠らされていたのだ。

玉城の声が電話から響く。

「それを閉じろ。君の退職金も、保科君の将来も考えろ」

保科の喉が動いた。克己は若い頃、自分も同じ声を聞いた気がした。あの時は、上司が箱を封じるのを見て、番号を確かめなかった。守ったのは組織ではない。自分の席だった。

「本部長。三十年遅れました」

克己は二丁を別々の新しい袋へ封じ、旧台帳、入庫写真、空箱扱いの記録を添えた。処分確認書の『廃棄可』を二本線で消し、『すり替え発見・保存継続』と書く。

監察と再審担当検察官へ報告を送信したあと、保管庫の鍵をその上に置いた。