最後の同期先
ダウンロード期限は、残り六十秒だった。
葛城理沙警視は、画面越しの郷田技師を見た。警察のボディーカメラは県警サーバーへ送信すると同時に、故障解析のため製造会社へ暗号化された低画質映像を一時転送する。通常は二十四時間で消える。
収容者が搬送中に死亡した夜の映像は、県警側から消失していた。
「診断用の複製が一つ残っています」
郷田が言った。
「保存延長の指示が競合して、隔離領域に入りました。今、正式な要求があれば書き出せます」
画面右上で、数字が五十四へ変わった。
不破本部長は理沙の隣に立っていた。
「要求は出さない。会社側で消去してくれ」
「映像には何が?」
理沙が尋ねると、郷田は迷った。
「内容を確認する権限はありません。ただ、音声解析の自動警告に『呼吸停止後の打撃音』と表示されています」
四十六秒。
死亡した収容者は、警察官へ噛みついたため制圧されたと発表されている。現場の五人は全員、不破が創設した特別班の隊員だった。理沙は監察責任者として映像消失の報告書を作っているが、結論は「転送障害」と決められていた。
「会社の解析は誤検知だ」
不破が言った。
「県警側に原本がない以上、低画質の診断データは証拠にならない。外資系企業へ捜査情報を渡した事実まで問題になる」
三十七秒。
郷田が小さく言った。
「要求ボタンは、そちらにしかありません」
不破は理沙の端末へ手を置いた。
「押せば、監察が本部長を疑った記録になる。特別班の過去案件も全部止まる。君が次の本部長候補から外れるだけでは済まない」
二十八秒。
理沙は報告書の署名欄を見た。そこへ名前を書けば、映像は永遠に「転送されなかった」ことになる。押せば、何が映っているかにかかわらず、県警が消そうとした事実まで調べなければならない。
十九秒。
「葛城」
不破の声には、命令よりも親しさがあった。十年前、理沙を監察へ引き上げたのは彼だった。
「組織を守るのも正義だ」
十一秒。
理沙は本部長の手を端末から外した。郷田の画面が揺れる。
要求先を県警サーバーではなく、地方検察庁の証拠保全領域へ変更する。監察報告書の結論も「転送障害」から「県警側消去の疑い」へ書き換えた。
残り三秒。
不破が電源を切るより先に、理沙は「保存要求」を押した。
数字がゼロになり、画面中央に新しい文字が灯った。
――同期先を確定しました。