最後の席替えはしない
卒業まで一か月。先生が「最後の席替えをするか」と聞いた。
教室は意見が割れた。
窓際の後ろを引きたい人。好きな人の隣を狙いたい人。今の席が気に入っている人。受験前だから黒板の近くがいい人。
多数決は、十九対十九になった。
欠席が一人。決められない。
僕は席替えをしたかった。今の席は教卓の前で、好きな人は窓際の最後列。卒業まで一度も隣になったことがない。最後くらい、くじに賭けたかった。
先生は「欠席者が来る明日に持ち越し」と言った。
放課後、教室には僕と好きな人だけが残った。彼女は窓を閉める係、僕は日誌を書く係だった。
「席替えしたい?」
彼女が窓際から聞いた。
「まあ」
「今の席、先生に近いもんね」
「そういう理由」
本当の理由は言えなかった。
彼女は机を一つずつ見ながら歩いた。文化祭で絵の具をこぼした机。数学の時間に眠る人の机。誰かが削った小さな落書き。席が変わるたび、机には別の記憶が重なっていた。
「私は、しなくてもいいかな」
「窓際だから?」
「今の席、みんなの背中が見えるから」
卒業したら、同じ教室で三十八人の背中を見ることはない。彼女はそれを最後まで覚えていたいという。
僕は日誌を閉じた。
「隣になりたい人、いないの」
彼女は足を止めた。
「いるよ」
胸が沈んだ。
「でも、くじで隣になっても、卒業したら離れるでしょ」
彼女は僕の前の空席へ座った。
「だから席じゃなくて、自分で来る練習してる」
教卓の前、僕の隣。彼女は窓際から教室を横切ってきた。
「日誌、終わった?」
「今」
「じゃあ帰ろう」
翌日、欠席していた生徒が登校した。投票の結果は、席替えをしない、に決まった。
教室が少し残念そうにざわつく中、僕は前の席に座ったまま彼女を振り返った。彼女は窓際で、昨日と同じように手を上げた。
休み時間になると、彼女は毎回こちらへ来た。僕も昼休みには窓際へ行った。
席は動かなかった。僕らが動いた。
卒業式の前日、机を全部廊下へ出した。座席の跡が床に四角く残っていた。窓際も教卓前も、机がなければただの空間だった。
彼女と並んでその跡を見た。
「最後、隣になれたね」
「席替えしてないけど」
「だからよかった」
くじで決まらなかった隣は、卒業後も続けられる気がした。