最後の暗転
初日の終演後、劇場の奈落で主演俳優の白戸が昇降舞台の下に挟まれていた。二トンの平台は油圧弁が閉じた位置で停止し、非常ポンプも圧力を失っている。専門班が支持柱を入れるまで、遺体は暗い隙間から動かせなかった。
舞台に残っていたのは演出家の絃川、代役俳優の葉山、機構技師の牛伏。白戸は翌日、葉山への暴力と公演費の不正を同時に告発すると言っていた。絃川は客席で取材対応、牛伏は制御室の監視映像に映る。葉山は「衣装部屋で台詞をさらっていた。暗転の自動合図で舞台が下がったのだ」と証言した。彼は代役衣装をすでに着込み、翌日の中止より今夜の再開を望んでいるように見えた。
本番の華やかさが消えた床には、灰色の埃だけが積もっている。私は舞台を上げず、三つの点を確認した。
第一。制御盤は公演用の自動合図ではなく、鍵を差して使う保守手動モードに切り替わっていた。暗転信号だけでは平台は動かない。
第二。白戸の衣装は背中だけが埃で白く、胸や掌に圧迫時の擦れがない。生きて逃げようとしたのではなく、殺されたあと平台の下へ寝かされた。
第三。溝に新しい油圧油が付いた予備鍵が葉山の裁縫箱から見つかり、その名札は代役衣装の裏地と同じ糸で縫い直されていた。牛伏の正規鍵は制御室の封印袋に残る。
葉山は白戸に預けられたと言った。客席では撤収を待つ照明が一灯ずつ消え、最後に奈落だけが白く残った。
自動暗転は舞台を下げていない。葉山は衣装部屋で白戸を殺し、平台の下へ仰向けに運び、盗んだ予備鍵で保守手動モードへ切り替えてゆっくり下降させた。手動表示が操作方法を、背中だけの埃が遺体を先に置いた順序を、油の付いた予備鍵が操作者を示す。牛伏の鍵は封印されたまま、絃川も客席映像から離れていない。仕掛けは舞台昇降一つだった。最後の暗転で隠れたのは死体ではなく、代役の待ちきれない野心だった。 鍵を衣装へ隠した縫い糸まで、舞台装置の一部にはできなかった。