最後の書き出しではない
長編映画の納品夜、真砂谷修平は完成版を最後まで見終えた。午前零時まで残り五十分。制作主任が扉を開け、「音響担当の名前がクレジットから抜けている」と告げた。
共有フォルダには、〈完成〉〈完成最新版〉〈本当の完成〉という似た名前が並んでいた。主任は「名前を足して上書きすればいい」と言う。だが修平は、いま確認したファイルを閉じなかった。
抜けた名前は一行でも、映画は二時間ある。上書きという短い操作で、承認済みの全編を証拠ごと消すことはできる。修平は修正の速さより、どの完成版を土台にしたか説明できることを優先した。
三つの版のチェックサムを比べる。映像は同じに見えても、一つは音量修正前、もう一つは字幕が旧版だった。クレジットだけ新しいファイルは存在しない。ここで適当な版を開けば、名前を直す代わりに別の修正を戻してしまう。
修平は確認済みの完成版を複製し、バージョン管理の番号を一つ進めた。その上で末尾の名前だけを追加する。前の版は消さない。誤字が見つかったとき、戻る場所がなければ、直した箇所以外まで疑うことになる。
書き出しを始めようとして、修平はレンダーキューを止めた。予約欄には、十分前に主任が試した旧版が残っている。このまま実行すれば、先に古い映画が完成し、名前を足した版は締切後になるところだった。
旧版を外し、新版だけを登録する。末尾の五分を先に試し、名前の綴り、表示時間、音が途切れないことを担当者本人にも確認してもらった。それから全編を処理する。
残り八分で完成したファイルは、元の完成版とクレジット部分以外のチェックサムが一致した。修平は納品先へ送り、版番号と変更点を一行で記録した。
主任が「これで本当に最後だ」と言ったとき、修平は笑わなかった。映像の仕事で〈最後〉は状態ではなく、誰かが次の違いを見つけるまでの名前だ。
送信完了は零時二分前。直後、監督から短いメールが届いた。
〈映画祭のロゴ、冒頭へ追加できますか〉
修平は確認済みの版を閉じず、新しい番号を入力した。