最後の死角

この屋敷には、完璧な死角が一つだけある。

資産家から防犯相談を受けた私は、書斎の金庫から封筒が盗まれた経路を調べていた。窓も扉も警報付きで、廊下には三台の監視カメラがある。ただし大時計の裏だけ、どのレンズにも映らない。犯人はそこから配線を切り、金庫を開けたらしい。

大時計は壁から十センチだけ離れていた。埃の線は途切れておらず、最近動かした跡がない。主人は、犯人が元の位置へ正確に戻したのだろうと言った。

盗まれた封筒には、何も書かれていない白紙が一枚入っていただけだという。主人は、亡き妻の形見だから価値があるのだと説明した。

映像には、深夜に黒い影が大時計へ近づく姿が残っていた。影は死角へ入り、七分後、再び現れて玄関へ向かう。顔は映らないが、警報の解除方法を知る専門家の動きだった。

私は三台の位置を一度見ただけで、犯人が選ぶ経路を理解した。主人は、さすが専門家だと何度も持ち上げた。過去の三件でも、警察は同じ言葉を使っていた。専門家でなければ不可能な侵入だ、と。その評判を、私は自分の無実を示す盾だと思っていた。

私は現場を再現した。脚立を置き、二番カメラを布で覆う。大時計の裏へ体を滑り込ませ、壁内のケーブルへ細い器具を差す。三番カメラの映像を十秒前に戻して循環させれば、廊下を横切る姿も残らない。

「これで封筒を持ち出せます」

主人は感心したように拍手した。

その音と同時に、書斎の扉が開いた。入ってきたのは警察官と、私が以前防犯設備を担当した三軒の屋敷の所有者たちだった。

主人が盗まれたと言った封筒は、今も金庫にある。白紙には特殊な粉が塗られ、触れれば手袋にも残る。黒い影の映像は、私の歩幅と道具の持ち方を再現するため、警察が用意した合成映像だった。

三軒の盗難では、警報を破った方法が分からなかった。犯人しか知らない経路を、私自身に説明させる必要があったのだ。

私は両手を見た。金庫から取り出して見せた白紙の粉が、紫外線の下で青く光っていた。

この屋敷には、完璧な死角が一つだけある。

それは私が盗むために探す場所ではなかった。

過去の犯人が、自分だけの手口を得意げに実演するよう仕組まれた、最後の取調室だった。