最後の聖剣、最初の畝
魔王を倒した翌朝、勇者ザフィルの聖剣は鍬になった。
金色の刃は半月形に曲がり、柄には見慣れない表示が浮かんだ。
【戦闘対象:なし】
【次任務:大地の回復】
王侯たちは激怒した。戦勝式典で掲げる剣が農具では格好がつかない。ザフィルへ偽物の剣を持たせようとし、本人が断ると、褒賞として辺境の荒れ地を押しつけた。
「世界を救った勇者に、土いじりがお似合いか見ものだ」
そう笑われた。
辺境へ着いた初日、ザフィルは鍬を地面へ置いた。見渡す限り、戦で焼けた灰土が続いている。全部を元へ戻そうとすれば、また世界を一人で背負うことになる。
今日は一列だけ。
鍬を振り下ろす。
ざくり。
刃が灰の層を割ると、下から黒い土が現れた。二度目には埋まっていた矢尻が浮き、三度目には焦げた魔石が淡い光になって消えた。
【浄化:一歩完了】
【土壌生命:回復中】
魔王の城を斬ったときより、手応えは柔らかい。だが一振りごとに、死んだと思われた土から虫が這い出し、草の根が白く姿を見せた。
途中、鍬の柄に古い戦績が点滅した。
【討伐数:九千八百四十一】
【本日の耕作:十七歩】
ザフィルは戦績表示を指で消した。十七歩のほうだけ残す。
ザフィルは急がなかった。
世界を救えと叫ぶ声はない。自分の呼吸で鍬を上げ、自分の歩幅で進む。夕日が沈むころ、一列の畝だけが黒く、まっすぐ残った。
彼は焚き火を起こし、旅袋の粉を水で練って平焼きにした。鉄板の上で生地がふくらみ、焦げ目から麦の香りが立つ。
そこへ、かつての仲間の転移鳥が赤い封書を運んできた。
『北で新たな魔王を名乗る者あり。勇者よ、直ちに帰還せよ』
ザフィルは封を切らず、鍬になった聖剣の柄へ挟んだ。表示が一行だけ増える。
【未処理任務:王都一件】
【優先任務:夕食】
思わず笑った。
焼けたパンを裏返す。ぱちりと火の粉が飛び、黒い畝の上へ消える。
「その判断でいい」
勇者は世界ではなく、今夜の自分を先に救った。
鍬は夕日に鈍く光り、最初の畝からは、雨を待つ土の匂いが静かに立ちのぼっていた。