最後の通知音
作曲家・蒼崎律の一周忌、婚約者の槙村澄玲に、彼が予約した最後の曲が届いた。
律は深夜の路上で車にはねられた。死の直前、共同名義だった楽曲を自分一人の名へ戻す手続きをしていた。澄玲が無断で原盤を売ろうとしたため、婚約も解消するつもりだった。運転手は見つからず、澄玲は「家で連絡を待っていた」と何度も取材に答えた。
曲名は『DELIVERED』。
再生画面には、封筒のアイコンが一拍ごとに開き、波形が中からこぼれていく。
イントロには、二人だけのメッセージアプリの通知音が使われていた。澄玲がデモを送るたび、律は必ず同じ返事をした。
「届いたよ」
柔らかな声が、暗い四つ打ちの上に落ちる。
澄玲は、この曲が自分への赦しだと思った。律が権利の争いも別れ話も忘れ、最後には愛だけを残したのだと。
Aメロは恋人同士の記録だった。鍵を開ける音、食器を置く音、夜中に笑いをこらえる息。澄玲は配信カメラの前で涙を拭いた。視聴者は、死者から届いたラブソングだと受け取っている。
「ちゃんと受け取ったよ」
サビの後、音質が急に変わった。スタジオ録音ではない。律の端末が事故の夜、自動でクラウドへ送った環境音だった。
雨の道路。急ブレーキ。身体がボンネットへ当たる鈍い音。
澄玲の肩が固まる。
続いて、二人のアプリだけに設定した通知音が鳴った。事故の直後、律のポケットで受信した音だ。送信者は澄玲。メッセージ本文が画面に表示される。
〈着いたよ。今、あなたの前〉
その直後、車のドアが開き、澄玲自身の声が入る。
――まだ息がある。
――じゃあ、もう一度。
二度目の衝突音。
澄玲は配信を切ろうとした。しかし曲は、律が週ごとに解除していた公開予約から配信されている。死亡して解除されなかった時だけ、事故端末の自動バックアップを最後のトラックとして結合する設定だった。
玄関の外で人の気配が止まる。
曲の終わりに、律が生前録った声がもう一度流れた。
「届いたよ」
最初は恋人へ返す、優しい受領の言葉だった。
最後には、彼が死後一年かけて送った証拠が、警察と世界へ確かに届いたという通知になった。