最後の配信は無音
【大学放送局・運営三名】
20:00 勅使河原苑
学生課から最終決定。機材返却、配信アカウント停止。今夜の番組で放送局は解散。
20:01 忌部侑生
台本できた?
20:02 加治屋澄
できてない。最後に何を言っても、まとめっぽくなる。
大学放送局は、昼休みの校内放送と週一回のネット番組を続けてきた。聴取者は多くなかったが、苦情は一件だけ多かった。選曲の権利処理を誤り、大学は再発防止より閉鎖を選んだ。
20:05 苑
私は地方ラジオ局。朝四時の番組担当になるかも。
20:06 侑生
誰も起きてない時間だな。
20:06 苑
誰か一人は起きてる。その一人に話す。
侑生は葬儀会社の音響担当になる。式場でマイクと音楽を管理する。
20:09 澄
放送から離れないんだ。
20:10 侑生
拍手のない本番には慣れてる。
澄はメーカーの総務へ就職する。声を使う仕事ではない。
20:12 苑
澄のナレーション、一番人気だったのに。
20:13 澄
人気って、再生数十二回の中で?
20:14 侑生
その十二人を馬鹿にするな。
澄は謝罪のスタンプを送った。三人とも、十二人のうち何人が自分たちだったか知っている。
配信開始まで十分。苑が台本を共有した。
〈こんばんは。大学放送局です。本日をもって——〉
20:17 澄
「解散します」は言いたくない。
20:18 侑生
じゃあ未来を言う?
20:18 苑
私はラジオ。
20:19 侑生
僕は見送る音。
20:19 澄
私は、しばらく黙る。
三行だけが台本に残った。
二十時三十分、配信が始まった。苑が開始ボタンを押し、侑生が音量を確認し、澄がマイクの前で息を吸った。しかし三人とも、最初の一言を譲らなかった。
沈黙が十秒、二十秒と続く。チャット欄に〈音出てますか〉と一件だけ届いた。
苑は笑いそうになり、侑生はミュート表示を確認し、澄は首を振った。音は出ている。出ているのに、誰も話していない。
一分後、澄が小さく「以上です」と言った。苑が配信を終了した。
20:33 侑生
事故放送。
20:33 苑
最後まで私たちらしい。
20:34 澄
アーカイブ残す?
苑は「残す」、侑生は「消す」と答えた。澄は何も送らず、先にグループを退出した。続いて侑生、苑も退出した。
午前零時、公式アカウントは停止された。ただし自動録音ファイルだけがサーバーに残った。長さ一分二秒。波形はほとんど平らで、最後の「以上です」だけが小さな針のように立っていた。
誰も聴かない放送の中で、三人が別々の未来へ息を吸った音だけが、消されずに残っていた。