最後尾の赤い札

元日の百貨店前で、秋庭森直羽は〈最後尾〉と書かれた赤い札を持っていた。

限定福袋を待つ列は、角を二つ曲がっている。

開店十分前、梶ヶ野珠弥が札を奪い、列の中央へ走った。

「ここから後ろが最後尾。前にいる仲間と交代しただけ」

だが仲間は誰もいない。珠弥は列を短く見せ、後から来た代理購入者を中央へ割り込ませるつもりだった。福袋は一人一個。出口で回収し、ネットで中身をばらして売る計画である。

直羽は札を取り返そうとせず、列整理アプリを開いた。

百貨店と商店街は、混雑防止のため、並んだ時刻と位置をQRで記録していた。列の人々には番号入りの紙バンドも配られ、紛失時は前後二人の確認署名が必要だった。赤い札は目印にすぎず、本当の最後尾情報は全員の端末へ共有されている。

珠弥が札を掲げた位置には、午前七時二十三分の記録がない。彼の代理人たちも、開店直前に同じ招待リンクから登録されていた。

「スマホを持ってない客はどうする」

直羽は紙の受付表を示した。列係が一人ずつ時刻を記入し、周囲の客も確認署名している。珠弥の名前はどこにもない。

珠弥は赤い札を地面へ投げ、先頭へ駆けた。警備員が制止すると腕を振り払い、福袋は商品だから早い者勝ちだと叫ぶ。

百貨店は、列の妨害と警備員への行為を理由に入店を拒否。珠弥と代理人の会員番号を販売停止にした。彼らが掲載していた“百貨店公認福袋予約”も、店名の無断使用としてサイトから削除され、前金は返金された。

開店の鐘が鳴る。

直羽は赤い札を本当の最後尾へ戻し、自分は列係の交代時間を終えて一般列の末尾に並んだ。札を持っていたからといって前へ行かない。

福袋は整理番号順に一人一個ずつ渡された。最後の一袋は、直羽の一つ前に並んでいた高齢の女性へ届いた。

直羽は買えなかったが、笑って拍手した。

珠弥の予約一覧がゼロになり、赤い札が〈本日分終了〉へ裏返った瞬間、札を奪って列を奪おうとした男は何も得られず、最後尾を守った人が一番すっきりした顔で新年を迎えた。