最終本人
祝部零士は毎朝、同じ食堂で卵サンドを買う。顔を上げると決済され、店員が「いつもの」と渡してくれる。七年間、一度も間違えられなかった。
その朝、店員は零士を見てから、奥の席を見た。
そこにも零士がいた。
服も傷も声も同じ男が、卵サンドを食べている。違うのは、向こうの方が落ち着いていることだけだった。
二人の端末へ同じ通知が届く。
《重複本人を検出しました。最終本人判定を実施します》
規則は一つ。重複が解消できない場合、一度だけ比較審査を行い、真正度の高い方を本人として残す。敗者の身元は永久に「生成物」へ変更される。
審査室には、恋人の瑠火も呼ばれた。質問は、二人の記録から自動で作られる。
「初めて手をつないだ日時は?」
偽物が即答した。
「二〇四一年十一月三日、二十二時十四分」
零士は首を振る。
「覚えてない。緊張して、時計なんか見てなかった」
瑠火が小さくうなずいた。だが判定は偽物へ傾く。写真の時刻、メッセージ、心拍記録。すべてが向こうの答えを支えていた。
「瑠火が泣いた夜、僕は何と言った?」
偽物は、保存された通話を一字一句再生した。零士は黙った。あの夜は何も言えず、ただ隣に座っていたはずだ。
「沈黙だった」と瑠火が証言した。
《第三者の情緒的介入を検出。参考外》
最後の質問が出る。
「本人である証拠を提示してください」
偽物は学歴、指紋、購入履歴、睡眠癖まで並べた。零士はポケットから古い紙片を出した。瑠火が初めてくれた手書きの買い物メモ。データ化せず、財布に入れたままのものだ。
偽物も同じ紙片を出した。繊維の折れ方まで同じだった。
真正度は、偽物九九・九九%。零士九八・七%。
《最終本人を確定しました》
零士の端末から名前が消えた。審査員の視線も彼を外れ、壁のカメラ映像では身体全体に「合成」の透かしが入る。
瑠火だけが、零士の手を握った。
「こっちが本物です」
《生成物への愛着反応を検出しました》
彼女の眼鏡が自動で零士をぼかす。瑠火は眼鏡を床へ置いた。
向こうの零士が、店で買った卵サンドを差し出した。
「いつものだよ」
瑠火は受け取らなかった。
しかし決済通知は、本物になった男の端末へだけ届いた。