最終講義の受講料

綾野森康平は、青垣原澄帆が夜に勉強を教えるのを嫌った。

「近所の子へ無料で宿題を見て、先生気取りか。専業主婦の知識なんて金にならない。誰のおかげで飯が食えてる」

澄帆は、学校へ行けない子や、塾へ通えない子へオンラインで授業をしていた。質問を言葉にできない子には絵で答え、夜働く親の家庭には録画を残した。

やがて保護者が受講料を払うと言い、教員経験者が仲間に加わった。澄帆は会社を作り、所得に応じて料金を変え、利益の一部で無料枠を維持した。

康平は、妻が子どもと画面で遊んでいると思っていた。

国の不登校支援モデル事業の発表会で、採択された教育サービスの代表が呼ばれる。

「青垣原ラーニング代表、青垣原澄帆さんです」

登録生徒は三万人。自治体との契約は五年間で十億円。学習記録は在籍校の評価へ連携され、教員四百人を正規雇用する計画だった。

康平は教育関連企業の営業として会場にいた。

「妻は教員免許を持っているだけで、経営は素人です」

澄帆は経歴を映した。結婚前は教師で、康平の転勤に合わせ退職。その後、教育工学の修士号をオンラインで取得し、サービスの特許も本人名義だった。

一方、康平の会社が提出した競合教材は、澄帆の無料講義を無断転載していた。康平が家庭の共有端末から動画を持ち出していた履歴が見つかり、彼は案件から外される。

発表会の翌日、澄帆は最後の無料講義を終え、康平へ離婚届を渡した。

「俺が生活費を出さなければ、無料枠なんて維持できない」

澄帆は事業計画を開いた。有料契約の利益で無料枠は今後十年維持でき、自分の給与、新居、子どもの学費も確保されている。

「あなたの生活費で教えたんじゃない。私の睡眠時間で始めたの」

画面の向こうで、生徒たちが卒業証書を掲げた。第一期の進学・復学率は九割を超えていた。

自治体十六か所との契約が一斉に発効し、澄帆の最終講義へ正規の受講料が入金される。

離婚届を受け取った康平の画面から管理者権限が消えた瞬間、金にならないと笑われた授業は十億円の教育事業となり、澄帆が教えるべき最後の相手だけが夫ではないと確定した。