朝六時の予約
東雲茉緒は、入院前夜の夕食をお茶漬けで済ませた。
母はすき焼きを作ると言い、父は寿司を取ろうと言った。茉緒はどちらも断った。食べたいものがないのではなく、豪華な夕食を「最後かもしれない食事」にしたくなかった。
炊飯器に残っていた冷やご飯を茶碗へ入れ、梅干しを一つ載せる。熱い茶を注ぐと、赤い皮がゆっくりほどけた。両親は向かいで同じものを食べた。三人とも海苔をかけすぎて、途中から茶碗の中が黒くなった。
明日は茉緒だけ五時半に起きる。病院へは姉が迎えに来る。両親は起こさないと決めていた。治療の見込みを説明したとき、母は「朝ごはんくらい」と言ったが、茉緒は首を振った。
食後、父が茶碗を洗い、母が薬味を片づけた。茉緒は米びつを開ける。明日の二人の朝食を予約しておく。それが今夜、最後にする用事だった。
二合を量り、ボウルで研ぐ。最初の水はすぐ捨てる。母が横から「もっと優しく」と口を出し、父が「今さら教えるな」と笑った。茉緒はいつも通り、三度水を替えた。
内釜へ米を移し、二合の線まで水を入れる。朝は少し硬めが好きな父のため、線より一ミリだけ下にする。母は柔らかいほうが好きだが、何も言わなかった。
予約時刻を六時に合わせる。表示には現在時刻と、炊き上がりまでの時間が交互に出た。茉緒がいない朝は、入院より先にやって来る。
母が梅干しの容器を冷蔵庫の手前へ移した。父は茶碗を二つ、食器棚の下段へ並べた。茉緒は炊飯器の蓋を開け直し、内釜の外側に水滴がないか確かめる。
父は炊飯器の横へ二人分の箸を置き、母は味噌汁の鍋を出しかけて戻した。朝になってから作ればいい、と茉緒が言ったからだ。代わりに乾燥わかめと即席のだしを同じかごへ入れる。母が水加減を見直そうと内釜へ手を伸ばしたので、茉緒は蓋を押さえた。「硬めでいいの」と言うと、父が小さくうなずいた。三人で決めたのは、その一食の硬さだけだった。
蓋を閉め、予約ボタンを押す。電子音のあと、六時の数字の隣に小さな橙色の灯がついた。