朝刊が届く前に

死んだ老人は、毎朝、朝刊が届く前に記事の内容を教えた。

老人は生前、地方紙の校閲をしていた。亡くなってからも午前四時になると、印刷所裏の喫煙所に現れ、翌朝刊の誤字を私へ指摘した。

『三面の見出し、“収賄”の字が違う』

「もう直せないよ。印刷は終わった」

『死亡記事も一人抜けている』

彼が告げる記事は、まだ配送されていない紙面と必ず一致した。ときには、印刷版にない出来事まで言い当てた。午前五時の火事、六時の事故、昼に判明する訃報。それらは次の日の朝刊へ載った。老人の予告を録音しても、再生されるのは紙をめくる音だけだった。だから編集部には、私一人の取材メモとして提出するしかなかった。

私は小さな記者だった。この力を使えば特ダネが取れる。だが老人に訊くのは、いつも死亡記事だけにした。

「明日は誰が載る?」

老人は氏名、年齢、住所、死亡時刻を読み上げる。私は赤い手帳へ書き写した。編集長には、病院や消防の独自取材だと説明した。記事が外れた日は一度もない。少なくとも、私が取材を始めてからは。

妙なのは、老人が死因を言わないことだった。また、私が「助けられるか」と訊くと、必ず「記事は変えてはいけない」と答えた。

手帳には十二人の名が並んでいる。どの家にも、記事になる前日に私は足を運んだ。泥のついた靴、薬品の小瓶、細い針金を机の引き出しへ隠してあるのを、同僚は知らない。

ある朝、老人が十三人目を告げた。

『七十六歳。東町二丁目。午前二時、心不全』

「その家には犬がいる」

『記事には書いてない』

「玄関は二重錠だ」

老人は初めて顔を上げた。

『なぜ知っている』

私は手帳を閉じた。

「正確な記事にするには、下調べが必要だから」

翌晩、私は合鍵と注射器を持って東町へ向かった。老人が教える未来は、ときどき外れる。最初の一人が予定時刻を過ぎても生きていたとき、私は記事を守る方法を覚えた。

玄関前で、明朝の死亡記事の校正紙を開く。空欄へ氏名と時刻を書き入れた。

「これで、誤植はない」

合鍵を差し込んだ。