朝帰りの卵粥

瑛茉はホテルの厨房で、夜通し朝食の仕込みをする。母の理津は、その勤務をどうしても「夜勤」と呼べず、「朝帰り」と呼ぶ。娘が悪い遊びをしているようで、瑛茉はその言い方を面白がった。

帰宅は午前六時半。理津は六時に起き、二人分の卵粥を作る。朝食を何百人分も用意してきた娘へ朝食を出すのは妙だが、瑛茉は家では包丁を持たない。

冬の六時はまだ暗い。米が湯の中で花のように開き、生姜の細切りが鍋を巡る。理津は卵を溶きながら、窓の色が紺から灰へ変わるのを見た。

六時四十分。連絡はない。ホテルで急な追加があったのだろう。理津は火を止め、蓋をする。粥は待たせると増える。鍋いっぱいになってしまうのでは、と覗くたび少し心配になった。

七時五分、玄関の戸が静かに開いた。家族を起こさない癖で、瑛茉は自分の家でも忍び足になる。

「おかえり」

「起きてたの」

「朝ですから」

瑛茉の髪には、焼いたパンとバターと、業務用洗剤の匂いが染みついていた。理津は粥を温め直し、溶き卵を細く流す。黄色が白い湯気の中でふわりと固まった。

二人は向かい合って食べた。瑛茉には夕飯で、理津には朝飯だ。同じ椀を持ちながら、一日の向きだけが違う。

食べ終えると瑛茉は「おやすみ」と部屋へ行き、理津は「いってきます」と洗濯物を持って庭へ出た。冷たい朝気の中、指にはまだ粥の椀の温かさが残っている。家の内と外で、夜と朝が静かにすれ違った。

干した布団カバーが朝日を受け、白く膨らんだ。二階では瑛茉がもう眠り、かすかな寝返りの音だけがする。理津は空になった鍋を水につけ、底に残った米粒を指で剥がした。焼きたてのパンの匂いは娘の部屋へ続き、生姜の香りは台所に留まっている。昼になればどちらも消えるだろう。理津は洗濯籠を抱え直し、今夜また働きに出る人の眠りを起こさないよう、物干し竿を静かに伸ばした。

風が布を鳴らすたび、理津は二階を見上げた。起きる気配はなく、朝の家はようやく娘を内側へ包み込んでいた。