朝焼けより明るい

水篠明日架が目を開けると、配信画面には朝焼けより明るい街が映っていた。

仮想歌手としての最後のライブ。軽いギター、電子の鳥、跳ねるキック。夜明けを待つ人へ贈る明るい一曲を、明日架は一度だけ歌う。制作した相棒は五年前の研究所火災で死んだと聞かされている。

その日から、明日架は肉体を失い、声と記憶だけで配信を続けてきた。火災直前のことは思い出せない。相棒が残した曲を歌えば、別れられると運営は説明した。

イントロで自分の幼い声がする。

「また明日ね」

Aメロの背景に、研究所の白い廊下が一瞬ずつ混じる。明るいコードの下で低い脈動が鳴る。相棒の心拍だと思っていたが、波形は明日架の生前の医療データと一致した。

コメント欄は「泣ける」「最後まで笑って」で流れる。明日架は歌いながら、火災記録へアクセスした。死亡者名簿には相棒の名がない。代わりに、水篠明日架の名がある。

サビで街の太陽が昇る。

「また明日ね」

記憶が戻る。火災の日、相棒は明日架を救出できなかった。脳活動が止まる直前の数分を読み取り、仮想歌手へ移した。明日架だと思っていた存在は、死の瞬間から再生され続けた記憶の模型だった。

では、相棒はなぜ死んだと教えたのか。

最後のサビで運営画面が開く。ライブ終了と同時に、記憶領域を初期化する予定。過去にも同じ曲を百八十二回歌っている。毎回、火災を思い出し、真実に耐えられなくなった明日架自身が消去を選んできた。

画面の端に、年老いた相棒が映る。彼は今も生き、毎回の再起動に付き添っていた。

〈ごめん。もう終わりにしよう〉

最後の一音が近づく。初期化ボタンが光る。明日架は押さず、曲の終止を一拍延ばした。すると明るい街が崩れ、研究所の炎と、自分の最後の視界が現れる。相棒の泣き顔。煙の向こうで、生前の明日架が笑っていた。

「また明日ね」

再会を約束する優しい別れではなかった。死の記憶を朝ごと消し、同じ一日へ戻すため、明日架自身が設定した初期化の合言葉だった。