未来の自分をブロックする

午前七時、冬城修一の端末に二十一年後の自分から通知が届いた。

〈七時十二分の電車を見送れ。十一時に黒い契約書へ署名。二十三時五十九分、同じ文を過去の君へ送れ〉

修一は四十回目の朝を迎えていた。枕元には欠けた通知アイコン。駅の放送も同じだった。

『七時十二分発、まもなく到着します』

電車を見送り、次の列車で黒い契約書の会社へ行く。署名すれば事業は成功し、二十一年後の自分は世界最大の予測企業を率いる。だが二十三時五十九分に通知を過去へ送ると、朝七時へ戻る。

二度目は電車へ乗った。事故も不幸も起きない。ただ契約に遅れ、零時に戻る。三度目は契約を断った。やはり戻る。以後、差分だけが増えた。昼食の店、会う相手、話す言葉。未来の自分はすべてを修正し、修一の一日を一秒ずつ完成させていった。

〈成功条件:二十三時五十九分、一字違わず通知を送信〉

四十一回目、修一は送信履歴の奥に気づいた。同じ通知が四十件ではない。表示限界の先に、二十一年分、七千六百六十五件ある。未来の自分もまた、さらに先の自分から指示されていた。

予測企業は人々へ最善の選択を通知する会社だった。進学、結婚、転職、投票、別れ。失敗しない代わりに、通知から外れた人生は「存在しなかった可能性」として削除される。創業者の修一自身が、最初の利用者であり、最後まで選べない人間だった。

四十二回目。

『七時十二分発、まもなく到着します』

修一は電車を見送った。契約書にも署名した。未来の指示を最後までなぞり、二十三時五十八分に通知画面を開く。

未来から三度届いた。

〈送れ〉

〈これで君は私になる〉

〈ここまでの人生を無駄にするな〉

修一は送信せず、送信者名を長押しした。選択肢は〈ミュート〉ではなく〈時間軸ごとブロック〉。警告が出る。

〈未来由来の選択、財産、地位、記憶はすべて失われます〉

黒い契約書で得る会社も、二十一年後の資産も、ループで覚えた出来事も消える。今の自分がどこまで残るかも保証されない。

「無駄かどうかを決めるのも、もう俺でいい」

〈ブロック〉を押した。

通知アイコンが欠けた円から完全な空白へ変わる。黒い契約書、役員証、未来の会社名が机上から消えた。修一の頭から四十二回分の朝が抜け落ち、なぜ駅にいるのかも分からなくなる。

それでも午前零時になった。

朝七時へは戻らない。駅の始発放送が、聞いたことのない文句で流れた。端末には予定も残高もなく、送信者欄だけが〈このユーザーは存在しません〉と表示されている。

修一は自分の名前だけを確かめ、行き先のない始発へ乗った。未来から正解は届かなかった。