本日、店主は休みです
マルタが冒険者組合の受付を辞めた日、受付服の袖は机との摩擦で透けていた。
昼は依頼処理、夜は緊急招集。未読の魔信は百件を越え、「君がいないと窓口が止まる」と何度も言われた。止まるように作ったのは組合なのに、責任だけが彼女へ積まれていた。
隠居先として買ったのは、村の入口にある小さな雑貨店だ。壁は曲がり、屋根には穴、扉は蹴れば外れそうだった。
しかしこの店は、店主が働こうとすると眠り、店主が休むと目を覚ます。
マルタが工具を持てば、釘は床へ伏せた。彼女が椅子へ座れば、柱が自分で背筋を伸ばし、瓦が屋根へ登る。客が入れば棚が欲しい品を差し出し、会計箱が硬貨を数える。売れた品は地下倉庫から補充される。
初月の通知は簡潔だった。
《自動売上入金。今月、店主の労働は不要です》
その日の午後、元組合長が店へ直接やって来た。
「戻ってくれ。窓口が大混乱だ。報酬は倍にする」
マルタは茶を一口飲んだ。
「お断りします」
「村の小店で一生終える気か?」
「一日を自分で終えられるなら、それで十分です」
組合長は苛立って扉を強く叩いた。蝶番が外れ、扉が傾く。彼は勝ち誇ったように言った。
「ほら、こんな店はお前なしでは持たない」
マルタは何もしなかった。
床から真鍮の蔓が伸び、扉を持ち上げる。外れた蝶番は自分で跳ねて枠へ戻り、傷も消えた。さらに扉は組合長の背をそっと押し、店外へ出すと、静かに閉まった。
その間にも、村の子どもが扉の横の小窓から石鹸を一つ買った。棚は品を滑らせ、会計箱は銅貨を受け取る。子どもは組合長を気にも留めず「またね、マルタさん」と駆けていった。店は営業を止めず、客も困らず、彼女だけが連れ戻される理由はどこにもなかった。
会計箱が一度鳴る。
《午後の売上、入金》
組合長は窓越しに叫んだ。
「本当に来ないつもりか!」
マルタは入口の札を裏返した。
〈営業中。店主は休みです〉
「はい。本当に行きません」
窓掛けを下ろし、緊急魔信をすべて停止する。棚も床も、了承するように小さく鳴った。
彼女は裏口から川へ出た。釣り竿と昼寝用の毛布を抱え、どちらを先に使うか迷う。
迷えることさえ自由だったので、まず木陰へ毛布を敷き、竿を隣に置いて横になった。