来年の待ち合わせはしない

夏祭りの券売機の前で、朔美は古い半券を財布から抜いた。

十年前の日付。端に旭の字で〈来年も〉と書かれ、続きは破れている。

高校最後の夏、二人は付き合って半年だった。朔美は東京の大学へ、旭は地元で家業を継ぐ。遠距離でも平気だと口では言いながら、互いに未来の話を避けていた。

祭りの終わり、観覧席の券を半分に破り、旭が片方へ〈来年もここで〉と書こうとした。

朔美はその手を止めた。

「約束しないで」

旭の顔が強張った。

「会いたくないってこと?」

「会いたいよ。でも、来年の私たちに、今日の私たちの責任を取らせたくない」

格好よく言ったが、本当は怖かった。約束を破る側にも、待つ側にもなりたくなかった。

二人は川沿いの石垣に座り、最後の花火を見た。旭は半券を破ったまま、続きを書かなかった。

「じゃあ、何を約束する?」

「今、帰りたくないってことだけ」

「それ、約束じゃない」

「うん」

二人は閉店間際の屋台でラムネを一本買い、交互に飲んだ。駅へ向かう道で手をつないだが、来年の話はしなかった。

遠距離は一年も続かなかった。喧嘩ではなく、連絡の間隔が少しずつ伸び、春に別れた。旭を嫌いになったわけではない。あの夜の選択を後悔してもいない。約束がなかったから軽かったのではなく、終わりを誰かの裏切りにしなくて済んだ。

二十八歳の朔美は、来月、長く住んだ東京を離れ、新しい職場のある福岡へ移る。帰省中の今夜、十年ぶりに同じ祭りへ来た。

券売機の係員が聞く。

「観覧席、一枚でいいですか」

朔美は半券を握ったまま頷いた。

一人で座った席から、花火はよく見えた。隣が空いていることを寂しいと思い、それでも埋めたいとは思わなかった。

最後の一発が消える前に、朔美は立ち上がる。明朝の新幹線に間に合うよう、荷造りを終えなければならない。

古い半券は捨てず、新しい券と重ねて財布へ戻した。

過去を予約席にするためではない。約束しなかった二人が確かに好きだった夜を、これから選ぶ町へ持っていくために。

出口で係員が「また来年」と声をかけた。

朔美は笑って会釈した。来年の待ち合わせはしない。

それでも今夜、自分の足でここを出ていく。