来春の区画番号
千鶴は二十九歳になった日に、自分へ一通の手紙を書いた。
〈三十歳まで一人だったら、結婚相談所へ申し込むこと〉
一年後、その手紙と同じ日に、二通の封筒が届いた。
一通は相談所からの入会案内。三十歳の誕生月なら登録料が半額になる。
もう一通は、市民農園の抽選当選通知。三年間借りられる小さな区画で、利用開始は来春だった。
どちらも申込期限は今月末。
相談所の封筒には、笑う二人の写真がある。農園の封筒には、何も植わっていない冬の土が写っていた。片方は完成図で、片方は始める前の景色だった。
千鶴は、相談所の申込書を机の右に、農園の申込書を左に置いた。去年の自分との約束を守るなら右だ。独身でいる不安から逃げず、行動する人になれる。
左を選べば、土いじりで寂しさをごまかすだけだと、誰かに言われる気がした。
けれど千鶴が農園へ応募したのは、抽選に当たると思っていなかったからではない。春に豆をまき、夏にトマトを収穫し、失敗した土を翌年直したかった。三年先まで続く予定を、自分の暮らしに一つ持ちたかった。
相談所へ行きたくないわけでもなかった。誰かと出会いたい気持ちはある。ただ、それを去年の自分が決めた期限だけで始めることに、今の千鶴は納得できなかった。
申込期限の夜、千鶴は一年前の手紙を開いた。
命令文の下へ、今の自分が書き足す。
〈一人だからではなく、会いたくなったときに申し込むこと〉
相談所の封筒は捨てず、引き出しへ入れた。農園の申込書には署名し、三年分の利用規約を読んで送信した。
翌週、区画番号が届いた。
〈C―二十九〉
偶然の数字に、千鶴は笑った。三十歳の春、その場所に何を植えるかはまだ決めていない。三年後に一人かどうかもわからない。途中で通えなくなり、雑草だらけにするかもしれない。
それでも、誰かと始める未来だけを未来と呼ぶのをやめた。
千鶴は当選通知と種のカタログを同じ封筒へ入れた。去年の約束を破った責任も、来春から土を耕す責任も、自分の名前で受け取るために。