来月の予定は空欄

 鯖江橋奏太と春木田亜湖は、月末になると河川敷で予定表を見せ合う。

 奏太は小さな倉庫の賃料で暮らし、亜湖は仕事を辞めて二年目。どちらも予定の少なさを気にしていないが、白いカレンダーを見ると、何か書くべき気がする。

「来月、一日は歯医者」

 奏太が言う。

「働いてる」

「治療を労働に含めるな」

「私は十四日に美容院」

「二人とも忙しいな」

 残り二十八日は空欄だった。

 二人は川辺のベンチへ座り、自動販売機のコーンスープを飲んだ。

 春先の風はまだ冷たい。缶を両手で包むと、金属の熱が指へ移る。

 川では鴨が流れに逆らって泳ぎ、少し進んでは元へ戻っている。

「努力が報われてない」

 亜湖が言う。

「本人は運動中かも」

「なら私たちより勤勉」

「比較しない」

 来月の計画候補を挙げた。

 図書館へ行く。

 海を見る。

 餃子を百個包む。

 朝七時に起きる。

「最後だけ難易度が高い」

「じゃあ八時」

「予定にすると失敗になる」

 二人は起床時刻を削除した。

 亜湖は、働かない生活を始めた頃、毎日何か新しいことをしようとした。

 資格の本、運動、料理、語学。

 三日ずつ続き、机の上へ教材だけが増えた。

「最近は何も始めてない」

「続いてることは?」

「ここで予定を決めない会」

「二年目」

「立派だな」

 奏太が缶を掲げた。

 コーンが底へ残り、二人で缶を何度も振った。

 一粒だけ口へ入ると、妙に得をした気分になる。

 空は夕方の色へ変わり、対岸の家から夕飯の煙が上がった。

「餃子、十個なら来月やる?」

 奏太が訊く。

「十個なら今日でも」

「今日は皮がない」

「では来月」

 カレンダーへ〈餃子・十個〉と小さく書いた。日付は決めない。

 帰り道、商店街の惣菜屋から焼売の湯気が流れてきた。

 二人は餃子の計画を裏切り、焼売を四つ買った。

 奏太の部屋で茶を淹れ、二つずつ食べる。肉と生姜の香りが、冷えていた手を内側から温めた。

 来月になって餃子を作らなくても、誰も困らない。

 空欄は怠けた跡ではなく、その日の天気や匂いが入る場所だ。

 二人はカレンダーを壁へ掛け、焼売の空容器を片づけた。

 窓の外で、夜の川が見えないまま流れている。

 奏太は来月の余白を眺め、亜湖は二杯目の茶を注いだ。

 決まっているのは、月末にまた会うことだけ。それも日付は、近くなってから決めればよかった。