校門を出たあとの約束

卒業式の日、沙月と遼平は校門の影で約束した。

「二十八歳の同窓会で、二人とも独身だったら付き合おう」

冗談めかしていたが、沙月は本気だった。制服のポケットに、その日二人で買った片道切符をしまい、何度も引っ越したあとも捨てなかった。

高校時代、遼平とは恋人になれなかった。受験、部活、友人関係。何かが始まる前に卒業が来た。だから十年後の約束は、終わらなかった物語を保存する蓋になった。

沙月は何度か恋をした。別れるたび、切符を見て「まだ本命が残っている」と思った。うまくいかなかった現在を、過去の可能性で慰めた。

二十八歳の同窓会で、遼平は左手に指輪をしていた。

彼は申し訳なさそうに笑った。「あの約束、覚えてる?」

「覚えてる」

「ごめん」

沙月は、自分が傷つく準備を十年していたことに気づいた。けれど実際に胸へ浮かんだのは、失恋より安堵だった。約束を守るために生きてきたわけではない。あの切符があったから、十八歳の自分は未来に待ち合わせがあると思えた。それで十分だった。

同窓会のあと、二人は校門まで歩いた。昔と同じ影はなく、街灯が新しくなっている。遼平は家族の待つ方向へ、沙月は駅へ向かう。

「幸せでね」と言うと、遼平も同じ言葉を返した。再会の続きを約束せず、そこで別れた。

ホームで財布を開き、色あせた片道切符を取り出す。日付の数字は薄れ、行き先だけが読めた。沙月は破らず、透明なカード入れの奥へ移した。

明日、転勤先の町へ引っ越す。知らない土地で一人になるのが怖くて、返事を先延ばしにしていた。

沙月は会社へ「赴任を受けます」と送信した。

列車が来る。過去の約束がなくなったのではない。約束に守られて育った自分が、今度は自分で次の待ち合わせを作るのだ。

新しい町の不動産会社から、鍵の受取時間を尋ねる連絡が来た。沙月は同窓会の時刻ではなく、自分で選んだ翌朝を返信した。

沙月は切符を財布に残したまま、十年前とは反対方向の列車へ乗った。