桜の切り株から駅まで
海外赴任の返事を明日に控え、私は十年ぶりに高校への通学路を歩いた。昔の道をたどれば答えが出る気がしたのに、角の文房具店はマンションになり、細い水路は蓋をされ、目印だった桜は切り株だけになっていた。
切り株へ触れる。高校三年の春、朝凪たち四人でここに立ち、それぞれ卒業後の夢を言った。教師、看護師、舞台俳優。私は何も決められず、笑ってごまかした。
「じゃあ、次の角まで一緒に歩こう」と朝凪が言った。
私たちは角へ着くたび、次の角を決めた。駅までの十五分、将来の話はしなかった。コンビニの新商品や、担任の口癖や、卒業式で泣くかどうかを話した。最後の改札で、朝凪は「決まってないなら、決まるまで歩けばいい」と言った。
あれから私は、決められない自分を隠すために、目の前の選択を無難に選んできた。海外赴任も、行きたい気持ちと怖さが同じだけある。断れば後悔し、行っても後悔する気がした。
切り株の横に、細い若木が植えられている。札には別の品種の桜の名がある。昔と同じ木ではない。けれど春になれば、この道に新しい花を落とすのだろう。
私は駅を目指して歩き出す。記憶どおりの角がなく、途中で道を間違えた。地図を開くと、昔より広い道路が駅までまっすぐ伸びている。少し味気なく、それでも迷わず歩ける。
グループチャットを開く。四人のうち、教師になった者はいない。看護師になった朝凪は今、育休中だ。舞台を目指した友人は地方公務員で、もう一人は連絡が途切れている。夢どおりでなくても、それぞれの道は続いていた。
〈海外、行くことにする。帰国したら新しい通学路を案内して〉
送ると、朝凪からすぐ〈次の角まで行っておいで〉と返ってきた。
駅前で赴任承諾のメールを送る。過去の道が答えをくれたのではない。なくなった角も、切られた桜も、決められなかった私も抱えたまま、それでも次を選べると分かっただけだ。
電車がホームへ入る。私は片道の改札を抜け、桜の切り株から続く、まだ歩いたことのない道へ乗り込んだ。