検診結果の午前九時十九分

健康診断会社のデータ提供会議で、花房隼人は検査結果を連携するシステム会社の新人として、匿名統計の送信時刻を確認していた。買い手は保険代理店グループ。地域ごとの疾病傾向を商品設計へ使うという。

契約書には「医師が確定した結果のみを匿名集計」とあり、対象は六万件、対価は四億五千万円だった。

隼人は買い手の受領証を見た。午前九時十九分。だが医師が当日の結果へ確定署名を付けたのは九時四十二分だった。

「二十三分早く、検診結果が売られています」

健康診断会社の営業本部長は、前日までの確定分だと説明した。

隼人は受領ファイルのハッシュ値を照合した。当日朝に測定した血糖値、腫瘍マーカー、心電図判定まで含まれている。しかも匿名ではなく、氏名、生年月日、勤務先、社員番号が残っていた。

一件は、この会議に出席している健康診断会社の会長だった。本人がまだ医師から説明を受けていない「要精密検査」の判定が表示されている。

会長の顔色が変わった。本部長は、システム上の暫定値で診断ではないと弁明した。

隼人は買い手の企画書を示した。「高リスク層へ医療保険・ローン見直しを即日提案」。暫定値を個人勧誘に使う計画で、受領確認欄には本部長の電子署名がある。

さらに同意書の第三者提供欄は「研究機関」に限定され、保険代理店は含まれない。

システム会社の上司は、保守契約を失うと隼人を制した。彼は送信確認印を押さなかった。

「九時四十二分まで患者にも確定していない結果を、九時十九分に買い手だけが知る契約です」

保険代理店側では、九時二十五分に会長本人へ送る医療保険の提案書が自動作成されていた。医師の確定署名より十七分早い。隼人は、統計利用なら個人名入り提案書が作られるはずはないと示し、買い手の受領担当者の署名も読み上げた。

会長が四億五千万円の決裁書を閉じた。午前九時十九分の検診結果は、医師の署名より先に保険商品へ変わることを止められた。