欠番四一二
災害用ドローン事業の特許一括譲渡会議で、丹羽田悠人は文書倉庫の臨時職員だった。譲渡対象は四十八件、総額六十億円。彼は契約別紙の発明届番号を照合するためだけに呼ばれた。
一覧は四〇九、四一〇、四一一、四一三と続いている。四一二だけがない。
「廃案だ」と知財部長は言った。
しかし譲渡対象の中核特許には、強風時に機体を斜め着陸させる制御が含まれている。悠人は倉庫で、同じ題名の空ファイルに「四一二」と書かれた背表紙を見ていた。
会議中、彼は旧ファクスサーバーの保管記録を検索した。四一二は削除済みだったが、受信画像がバックアップに残っている。送信者は制御ソフトを請け負った個人技術者・壬生。受信時刻は九月五日午後四時二十六分。図面、数式、署名がそろった正式な発明届だった。
会社役員名義の発明届四一三は、同日午後五時三分。内容は四一二とほぼ同じで、変数名の誤字まで一致している。三十七分後に番号だけ付け替えたものだった。
知財部長は、四一二は受理前に撤回されたと主張した。
悠人は受付印を拡大した。知財部の電子印と受領者署名がある。削除操作をしたのは翌朝、部長本人のアカウントだった。
「臨時職員が機密を持ち出したら契約違反だ」
悠人はデータを持ち出していなかった。監査担当者をサーバーの前へ呼び、画面上で確認させただけだ。
「倉庫では、欠番も文書です」
譲渡先の社長は四十八件の一覧を数え直し、四一二の空白へ赤い線を引いた。
壬生本人とも電話がつながった。会社からは「不採用」とだけ連絡され、四一三として出願されたことを知らなかったという。契約別紙には、壬生が対価一万円で権利を放棄した確認書もあったが、署名日は彼が海外出張中で、押印画像は古い請求書から複写されていた。
譲渡先の弁護士は、欠番を除いた四十八件すべてについて発明者確認をやり直すよう求めた。
代表印は持ち上がらなかった。六十億円の特許売却は、存在しないことにされた一つの番号で止まった。