次の電車が来るまで
井之上朱里と島津嘉月は、雪のホームで次の電車を待っていた。
線路に雪が積もり、運転再開は未定。学校からは自宅待機の連絡が来ているのに、二人とも帰ろうとしなかった。
「寒いね」
「冬だから」
「会話を終わらせないで」
朱里は手袋の中で指を握った。今日、嘉月に話すと決めていたことがある。けれど教室では人が多く、帰り道では友人がいて、駅に着けば電車がすぐ来る。ずっと言えなかった。
今は、電車が来ない。
中学から五年間、二人は同じ駅を使ってきた。朝は眠そうに挨拶し、帰りはその日の出来事を話し、けんかをした日は別の乗車位置に立った。それでも次の朝には、どちらかがいつもの場所を空けていた。永遠に続くと思っていた待ち時間に、初めて終わりが見えていた。
ホームの時計が一分進む。雪が制服の肩に積もる。
「春から、寮に入るんだ」
先に言ったのは嘉月だった。
「県外の学校。昨日、合格通知が来た」
朱里の用意していた言葉が、全部白く消えた。
「おめでとう」
それだけ言うと、嘉月は困ったように笑った。
「それだけ?」
「他に何を」
「止めるとか」
「止めたらやめるの?」
「やめない」
「じゃあ言わない」
雪を踏む音がした。駅員がホームを見回り、また駅舎へ戻っていく。
朱里は時刻表を見上げた。次の電車の欄には、赤い文字で『遅延』とだけ表示されている。
「いつ来るか分からないね」
「うん」
「じゃあ来るまでに言う」
嘉月が首をかしげた。
朱里は息を吸った。冷たい空気で喉が痛んだ。
「好きだった。入学式の日から」
過去形になったのは、遠くへ行くと聞いたからではない。言い切らなければ声が震えそうだったからだ。
嘉月はしばらく黙っていた。やがて、朱里の手袋に積もった雪を払った。
「俺は現在形」
遠くで踏切が鳴った。
電車のライトが雪の向こうに見える。
「来ちゃったね」
朱里が言うと、嘉月は笑った。
「次の電車を待とう」
二人は入ってきた電車に乗らなかった。
扉が閉まり、白い風を残して走り去る。再び静かになったホームで、発車案内はまた『遅延』に変わった。
今度は、その文字が少しも困らなかった。