母のいない一秒
母の葬儀で、私は泣けなかった。
喪主として挨拶し、香典を数え、返礼品の不足を確認した。親戚は「しっかりしている」と褒めた。母も、段取りの悪さを嫌う人だったから、これでいいと思った。
出棺前、遺品の懐中時計を開いた。
母が若い頃から使っていたもので、針は十一時五十九分五十九秒を指して止まっていた。
蓋を開いた瞬間、斎場の時間も同じ一秒で止まった。
蓋を閉じるまで、私だけが動けた。
静止した参列者の間を歩いた。
近所の花屋は、胸元に母が直したエプロンを着けていた。小学校の元校長は、母が毎朝磨いていた通学路の反射板を握っている。顔も知らない若者の鞄には、母の字で「返却不要」と書かれた古い参考書が入っていた。
受付の隅には、私が知らない名前の弔電が何十通も積まれている。
母は家では無口で、電話にも「元気」「忙しい」しか言わなかった。私は、母の人生は父が亡くなってから小さくなったのだと思っていた。
棺のそばで、幼い女の子が折り紙の花を差し出したまま止まっていた。
裏には、
「雨の日にいっしょに帰ってくれたおばあちゃんへ」
と書かれている。
母は足が悪くなってからも、誰かと歩くためなら遠回りしたらしい。
最後に、自分の席へ戻った。
椅子の上に、母の鞄がある。内ポケットから手帳がのぞいていた。
開くと、私の予定だけが几帳面に書き写されている。誕生日、転職した日、健康診断の日。先月の欄には「電話する。長く話さない」とあった。
その日は、母から着信があった。仕事中だった私は出ず、折り返さなかった。
後悔が、ようやく形を持った。
胸の奥で固く凍っていたものが、一秒遅れて崩れた。
私は棺の横へ座り、止まった母の手に触れた。
冷たさを知っていたはずなのに、そのとき初めて母がいないと分かった。
懐中時計の蓋を閉じた。
すすり泣き、椅子の軋み、係員の声が一斉に戻る。
私の涙もそこで動き出した。
喪主の挨拶は用意した紙を読めなかった。
代わりに、参列者へ尋ねた。
「母のことを、私に教えてください」
出棺は予定より四十分遅れた。
誰も急かさなかった。
花屋も、元校長も、若者も、女の子も、母との短い話を一つずつ置いていった。
懐中時計は今も止まっている。
巻いてはいない。
母の最後の一秒を進めないためではなく、その一秒の外に、私の知らなかった長い時間があったことを忘れないためだ。