洗ったアルミ箱
修理工の朔弥は、父の遺品から古いアルミの弁当箱を見つけた。
蓋には細かな傷が走り、角は一か所へこんでいる。振るとかすかな音がした。開けると、中に輪ゴムと小さな螺子が三本入っていた。
父も町工場で働いていた。毎朝、母がこの箱へご飯を詰め、新聞紙で包んだ。帰宅した父の作業着からは鉄と油の匂いがし、空箱には沢庵の黄色がうっすら残っていた。
朔弥は螺子を工具箱へ移し、箱を洗った。スポンジで擦っても、染みも傷も消えない。
翌朝、自分の弁当をそこへ詰めた。白飯、焼いた鯖、昨夜の肉じゃが。蓋は少し緩く、太いゴムで留めた。
工場の昼休み、同僚の一尊が「渋い箱だな」と言った。
「父親の」
「温められないぞ」
電子レンジは使えない。朔弥は冷たいまま食べた。脂の固まった鯖、味の染みたじゃが芋。新しい樹脂の箱より重く、膝の上で安定した。
食べ終えて蓋を閉めると、へこんだ角がぴたりと合った。父も同じ場所を指で押したのだろう。
帰宅後、母へ箱を見せた。
「まだ使えたの」
母は笑い、蓋の傷を撫でた。
「それ、落としたんじゃないのよ。お父さん、冬にストーブの上へ置いて、お弁当を温めてたの」
だから底だけ色が違うのだと初めて知った。
翌日も朔弥は同じ箱を持っていった。工場にはストーブがないので、窓辺の日なたへ置く。昼には金属がほんのり温まり、蓋を開けると肉じゃがの醤油が香った。
父と同じ温度にはならない。それでも掌へ伝わるぬくさは、傷の数だけ長く使われてきた箱に、よく似合っていた。
冬が深まると、工場に小さなストーブが置かれた。朔弥は昼前、アルミ箱を端へ載せる。熱くしすぎないよう何度も掌で確かめた。蓋を開けると白い湯気が立ち、同僚たちの新しい弁当箱の間へ醤油の匂いが広がる。へこんだ角を押す指だけは、父の手つきに少し似てきた。
春になってストーブが片づけられると、朔弥はまた窓辺へ箱を置いた。季節によって温まり方が違う。蓋の光へ指を当て、今日のぬくさを確かめる。その動作までが、いつしか昼休みの始まりになった。