消してしまう前の話
玉置蓮司と河合織江は、古い机の落書きを写真に残す係になった。
教室の床を張り替えるため、週末に机の天板も研磨される。先生は「記録になるようなものだけ」と言ったが、何が記録で何がただの傷か、二人には分からない。
夕日の中、スマートフォンを構えて一台ずつ撮った。歴代の相合傘、意味不明な暗号、テストの点数、卒業年度。誰かの退屈が積み重なり、教室一つぶんの年代記になっている。
最後は、蓮司が今使っている机だった。
端に小さく質問がある。
――好きな人は?
その下は長い間、空白だった。
「これも撮る?」と織江。
「記録になる?」
「未解決事件として」
蓮司は一年の秋、この質問を書いた。隣の席だった織江が見つけ、答えを書いてくれるかもしれないと思ったからだ。けれど席替えの日まで空白のまま。それから二人は別々の席になり、質問だけが残った。
「書いた人、返事待ってたのかな」
織江が言う。
「たぶん」
「かわいそう」
「返事を書く人が、気づかなかったのかも」
「気づいてたかもよ」
蓮司の指が止まる。
教室は静かだった。遠くで戸締まりの音がし、夕日が質問の溝を赤く照らす。
織江はペンを借り、空白へ何か書いた。手で隠している。
「撮って」
「見せてくれないとピント合わない」
「写真で見れば」
蓮司は画面だけを見てシャッターを押した。織江はすぐに消しゴムをかけ、答えを消した。薄い跡さえ残らないほど丁寧に。
「何て書いた?」
「記録を確認して」
画面を開く。質問の下に、たしかに二文字あった。
――蓮司。
顔を上げると、織江は窓際で鞄を持ち、夕日の外へ逃げる準備をしていた。
「消したのに」
「週末には全部消えるから」
「写真は残る」
「係のデータだよ。先生に提出する」
蓮司は慌ててその一枚だけ別のフォルダへ保存した。
「提出前に切り取る」
「質問だけ?」
「答えも」
織江はしばらく黙り、それから机の空白を指した。
「じゃあ、今度は落書きじゃなくて聞いて」
蓮司はスマートフォンを置いた。教室には二人しかいない。質問を消してしまう前に、声にする時間は十分あった。
週明け、机は真新しい木目になった。けれど写真の中では、夕日の色をした答えが、消される一秒前のまま残っている。