港町宿の最後の星評価
港町の小宿《白帆》へ、旅行評論家ゴルバンがチェックインするなり言った。
「最上階へ替えろ。宿泊費は無料、現金も十万。でなければ星一つだ」
主人イリオが予約票を見る。ゴルバンの部屋は海側の最上階で、既に夕食まで無償提供の招待枠だった。
「追加の現金はお渡しできません」
「私の一行で港の宿を三軒潰した。客は事実より星を信じる」
ゴルバンはロビーの花瓶をわざと倒し、濡れた絨毯を撮影した。
「ほら、清掃不良の写真もできた。お前が私へ暴言を吐いた、と書けば完璧だ」
イリオは反論せず、公式の滞在評価票を差し出す。
「ご不満をこちらへご記入ください」
ゴルバンは〈客室は地下、食事は腐敗、主人から金銭を要求された〉と書き、評論家協会の認証印を押した。
「星一つを消したければ、今からでも払え」
「評価票の送信前に、予約画面を確認します」
イリオが宿の端末を開くと、既に星一つの評論が公開予約されていた。
作成時刻は三日前。ゴルバンがこの町へ着く前である。本文には、今倒したばかりの花瓶や、まだ口にしていない夕食が「最初から腐っていた」と書かれている。
「下書きだ。評論家は先に構成を作る」
「では、こちらの音声も構成ですか」
評価票の認証印が光り、ロビーでの会話を再生した。
『宿泊費は無料、現金も十万。でなければ星一つだ』
評論家協会の印は、宿側の改竄を防ぐため、押印前後の一分を双方へ保存する。
ゴルバンは評価票を破いた。
「証拠はなくなった」
「協会へ同時送信されています」
彼の携帯が鳴った。画面には、過去に星を取り消す代わりに振込を要求した宿の一覧が表示されている。同行者へ送るつもりで、評論家協会の監査窓口へ誤送信していた。
「これは取材資料だ!」
イリオは倒れた花瓶を起こした。割れてはいない。水に濡れた絨毯の下から、ゴルバンが落とした封筒が出てきた。中には他の宿から受け取った現金と、星評価を変更する約束状が入っている。
港の鐘が鳴り、ロビーへ協会監査官と衛兵が入った。
監査官は破れた評価票の写しを端末に出し、認証印を無効化する。
そして最後の星が消えた画面の前で、通知書を読み上げた。
「ゴルバンの旅行評論家資格を永久剥奪し、恐喝および業務妨害容疑による逮捕命令を執行する」